三十八.


 朝が明け、早起きの隊士がぼちぼちと広間に下りてくる。

「おはようございます。昨夜はお疲れさまでした」

 にこりと微笑でくるいつも通りの圭祐を眺め、昨夜の人格が綺麗さっぱり消えているのに少しがっかりした。あれはあれで面白かったのだが。
 巴はまだ寝ているから起こさずに来たと話す圭祐に安西は首をかしげる。いつも同じ部屋で寝ているのかと聞くと、平部屋では時間的に寝る場所の確保ができないだろうから巴を自室に呼んだのだという。あのイケイケ俺俺な人格でも周りの物事に気配りができるとは驚きだ。

「安西さんは徹夜ですか? 斗上さんは?」
「あの人は明け前に少し寝に行った」

 自分は一徹ぐらい何ともない。押収品の品分けをした後はヒマだったので刀の手入れをして時間を費やした。
 やがて隆と皓司が集まり、深慈郎が外の見回りに行き、やっと甲斐が出てくる。万屋に変装したままの格好だったので不参加の隊士たちは一瞬誰だか分からなかったようだ。

「一枚は屋久島の黒崎と地形が一致、ここが侵入口でしょう。もう一枚は殿下が破って下さったおかげで手こずりましたが新宿落合だと思いますヨ。ついでに調べたところ、辻斬りが起こる少し前に落合の小宿屋の主人が井戸裏で変死してます」
「あーあったな。宿泊してた浪人が血刀を持ってたとかでしょっ引かれたはずだ」

 宿と周辺を調べるよう諜報に言いつけ、屋久島は薩摩藩の諜報へ伝達を飛ばした。
 確認が取れたら屋久島の侵入口には適当に話をつけて港の警備強化をしなければならない。さてどんなこじつけなら怪しまれずに通るか。
 十数分で新宿落合の報告が入る。江戸の諜報は仕事が早い。
 誰もいなかったが潜伏していた形跡は残っており、食料や器の数などから闖入者はおよそ五十人前後。最初に勝呂の助太刀に入った浄正が十三人始末し、瀞舟が一人、昨夜の雑魚が三十五。星涛を入れれば報告通りだ。
 人数的に考えて五十人が一箇所から忍び込むには目立ちすぎ、計画書があと数枚あれば別の侵入口も分かったのではないかと甲斐が言うが、手がかりゼロに比べればこれでも上々。

「よし、薩摩から連絡が入ったら教えてくれ。あとは俺が片付ける」
「安西さんはなんでこの件に乗り気だったんですか? こないだ聞き損ねましたけど」

 さっそく縁側で餅を焼いている隆が尋ねてきた。

「そりゃ勝呂を強請る為ですよ。老中の弱味は握っておいた方がいい」
「ははあ、穂積さんは弱味がなかったから付け入る隙もありませんでしたしねえ」
「そのおかげでこっちの要求を通すのにどれだけ苦労したか」
「貴方の無茶な提案を毎回御上に直談判して苦心したのは私ですよ」

 皓司は溜息をついて立ち上がり、餅を貰いに縁側へ移動する。
 活動に関する要求は御頭か隊長でなければ上に直訴できない。班長時代はその役を自ら行うことなどなかったが、今は隊長。いつでも老中に物申す権利がある。交渉の材料はどんなものでも揃えておくのが得策だ。
 いい加減に風呂へ入って寝たいと訴える甲斐を追いやり、餅をひとつつまんだ。


「安西隊長、おはようございます」

 ほどなくして祇城が広間に顔を出した。やや寝不足の表情だ。

「おはよう。眠れなかったか?」
「半分寝ました。昨夜は俺のことで申し訳ありません」

 自分の情報を半端に知っただけで結局どこの誰かも分からず、精神的に疲れただろう。
 座れと隣の座布団を叩くと、彼は素直に腰を下ろした。

「朝飯食ったら勝呂に会いに行こう。仲直りさせてやるよ」
「……拷問が失敗したから勝呂様は怒っているかもしれません」
「んなこたねえ。大丈夫だ」

 見上げてくる透き通った目はいつか彼が見せてくれた緑色の鉱石にそっくりだ。今となっては勝呂が大判を積んででもあの石を買った理由がよく分かる。

「俺は多分、人殺しです」

 まだ人の少ない広間で祇城の声は思いのほか良く通り、隆が手を止めてこちらを向いた。

「思い出したのか?」
「いいえ、はっきりとは分かりません。でも拷問の時、いくつか思い出しました。広い場所でたくさんの人間を殺している記憶が少しと、暗い部屋の隅にいる子供が自分の目を抉り取って俺に見せてきた。俺はその子供を殺しました」

 痩せて傷だらけで汚い子供だったと言って祇城は自分の両手を見、「勝呂様に拾われた俺もあんなに汚かったんだ」と声を落とす。
 安西は祇城の頭に手を乗せ、ぐいと顔を上げさせた。

「お前の腕がたとえ過去の産物だったとしても今それを気にする必要はねえし、勝呂に恩返しするのは自由だが無理にやり通す必要もねえ。拾ってやった代わりに良い戦績を持ってこいなんて言われたか?」
「言われてません」
「だろ? 二人でいる時はいつもどんな話してるんだ?」

 祇城は思い出すように宙に目を彷徨わせ、指を折りながら訥々と声に出した。

「ここで食べたご飯の話、庭の野菜の話、おいしかったお菓子の話……俺ばかり喋ってます。遠征の報告をすると勝呂様は嫌がって他の話を催促します。そういう時、俺は何を話したらいいか分からないので黙ります」
「なんで遠征の話を嫌がるか分かるか?」
「分かりません」
「恋人同士ってのはな、仕事の話が一番野暮なんだよ」

 野暮の意味が分からないのか、首を傾げた祇城は二三度瞬いて見返してくる。
 向かいに座っていた圭祐が唐突に「恋人同士!そうだったんですか」と声を上げた。一時でも勝呂と圭祐の浮気を疑った自分が情けない。




 昼前に勝呂を待ち伏せしてひとまずの事件解決を報告し、祇城を引き渡した。
 この場所で初めて会った時の勝呂はああ言えばこう言う憎たらしさだったが、祇城を前にした途端に黙り込んでウンともスンとも言わず。そのツラで思春期をこじらせているのかと突っ込みたくなる衝動を堪え、代わりに弁明してやった。
 祇城は嫌われたわけではなく守られていたのだと知るや勝呂に抱きついて───ここからは見ないでおこう。

「ついでに勝呂さん、あんたらが好い仲だってのはうちの連中全員にバラしときました。可愛い恋人の顔が見たくなったら朝でも昼でも遠慮なくいらして下さい」

 背を向けたまま投げかけると勝呂の舌打ちが聞こえた。

「ま、今後もどうぞご安心を。祇城が俺の隊にいる限りは死なせやしませんよ」
「貴様に預けるとロクなことがなさそうだ」
「ご自身がでしょう? その通り。仲良くやりましょうや」
「勝呂様、安西隊長は貴様という名ではありません」
「……すまん、気にするな」

 意外と勝呂の方が飼われているのかもしれない。




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