三十七.


 皓司の怪訝な顔を尻目に、安西は今その瞬間舌を噛み切ろうとした星涛の口に拳を突っ込んで鉄轡を嵌め直した。
 そして丸腰の祇城に自分の刀を持たせる。

「こいつを殺せ」
「……俺がですか?」

 お前を追ってきた奴なんだからお前が始末しろと言うと、祇城は皓司にも許可を求めた。皓司はもう少し聞き出したい様子で「早急ではありませんか」と振ってくる。

「物証を持ち帰ってきたとはいえそれが密入国の計画書とは限りませんよ」
「この態度じゃ死ぬまで吐かんでしょう。物証から割り出す方がはるかに効率いい」
「俺も安西さんに賛成だなあ。皓司がこれだけ拷問に時間かかったのは初めてだし、粘れば落とせる雰囲気でもなさそうだ。言葉の壁かな」

 落とせもしないのに何が不満なのかと聞けば、

「拷問という戦いに私が敗北したような気分で後味が悪いのです」

 しれっと私情を持ち込んでくる始末。目的からずれている時点でどうでもいい。

「なら問題ねえ。祇城、片付けろ」




 時刻は丑の刻に近く、ほとんどの隊士は寝ている。見回り当番がこっそり広間を覗きに来て隆に叱られ、そそくさと通り過ぎた。
 確かにあのまま尋問を続けていても星涛は何も喋らなかっただろう。ただ祇城には情報を小出しにしていた様子から察するに、もう少し彼らを喋らせておけば素性の一端ぐらい引き出せるかと思ったのだが。
 罪人の子供を見せ物にする商売があるという話の途中で、祇城の空気が変わった。星涛を見つめる目はそれ以前まで興味の色だったのが、途端に色褪せたのだ。まるで邪魔な存在を早く消し去りたいとでも言うかのような。
 知られたくない、あるいは知りたくない。
 どちらかの感情が沸いたのだろう。
 首を刎ねるでもなく心臓を刺すでもなく、祇城は最初に両目を刺した。苦痛に耐える星涛を一分ほど眺め、頚動脈を切ってじわりと死に至らしめる。
 その表情には何の感情もなかった。


「よー、拷問終わったか? 土産たんまり持ってきてやったぜ」
「誰ですかこいつ。圭祐の兄弟?」

 横柄な態度で胡坐を掻きつつ縁側で巴と茶を飲んでいる圭祐を安西が指差した。二重人格は刀を抜いた時に発症するので安西はまだ知らないのだ。

「圭祐本人ですよ。いつもなら刀をしまうと元に戻るんですが、おかしいなあ」
「俺はカラクリじゃねえんだ、毎度毎度刀で切り替わるわけじゃねえよ」
「えっ、そうなのかい?」
「俺もよく知らねーけど。んなことよりコレ使えそうか? 武器は貰っていいんだろ?」

 土産より圭祐に興味津々といった顔で、安西は物品を眺めながら二人に問う。

「誰が持ち帰ろうって提案したんだ?」
「圭祐です。二人分の死体から押収しました」

 巴が答えた。

「一匹だけの持ちもんじゃ証拠になんねーだろ。二匹からかっぱらっときゃ繋ぎ合わせて共通点も見つかるし、こーやって一枚オシャカにされても予備がある」

 圭祐は中庭の茣蓙の上に手を伸ばし、半分ほど破れた紙をつまんで見せた。直に手で触れるのが嫌で炭鋏を使いながら広げようとした隆が破ったらしい。当人は反省の色もなく笑っている。
 皓司は二枚の紙を受け取って見比べた。
 文字の下に簡略化された地図。図形が違うが、計画書であることはほぼ間違いないだろう。侵入路か潜伏場所なら一度に情報が得られる。

「甲斐、これを訳し写して下さい。それと地図の特定を」
「場所までおれが調べるんデスか」
「免罪符に入れてあげますよ。頭の良い貴方なら明け方までには終わるでしょう」

 明け方…と呟いて甲斐は落胆し、広間の押入れから地図を数冊引っ張り出して自室へ行った。しかしすぐに戻ってきて「宏幸の鼾で集中できない」と不満を漏らす。

「俺の部屋使え。朝でも広間の騒音はあんま聞こえねえから」
「安西サンの寝場所は?」
「気にすんな。徹夜で悪いが頼んだぞ」

 さて、と縁側に向き直った安西は血みどろの服のままでいる圭祐たちに風呂に入れと勧めた。血臭に慣れているせいで二人ともまったく頓着していない。

「おなかが空いた」

 ぽそりと独り言を呟いた巴に、圭祐が突拍子もない事を言い出す。

「握り飯あるっつーから風呂で食おうぜ。一気に済ませて早く寝よう」
「そうだな。お酒も持って行こう」

 巴は素面の圭祐よりもこちらの圭祐との方が話しやすいようで、揃って厨房へ向かった。隆によると潜伏隊の面々は戻るなり食欲もないといって、皆早々に風呂へ入り寝床についたらしい。

「巴の口から『おなかが空いた』など初めて聞きましたね」
「本当だねえ。最近よく食べるようになったのも安西さんのおかげですよ」
「そりゃ良かった」

 さっさと庭に下りて物品を漁っている安西に続き、自分も庭に下りる。隆は先に寝ると言って大あくびをしながら広間を出て行った。
 安西と二人きりになると、しばらくお互い検分に集中する。武器は毒を塗ってある可能性が高いので洗い流さねばならない。それを端に寄せ、毒らしきものは懐紙に包んでまとめる。小銭は磨耗が激しく、両替屋へ持ち込んでも二束三文だろう。そもそも正統な渡来銭ではないので鉄に溶かして証拠隠滅した方がいい。
 当然だが祇城の素性に繋がるものは何もなかった。

「安西さん、祇城の事はどうなさるのですか」
「どうって? 勝呂と和解させれば解決でしょう」
「そこを私は存じ上げないのですが。彼らは仲違いしているのですか」

 二人の関係は勿論知っている。誰に聞いたわけではないが。
 祇城を隠密衆に入れたのも、勝呂にとっては私宅で養うより安全かつ自分の目が届く場所だからだ。入隊試験を受けさせた上で当時現役だった沙霧に「こいつをお前に預ける」と命じた。祇城の腕は申し分なく、沙霧も異国語が堪能だったので断る理由はなかったと聞いている。
 そうやって大事な小鳥を大きな籠に入れ、外から守ってきたのだ。

「ある時、祇城が寝言で『お母さん』て言ったんだそうですよ。口に出さなくても本当は自分のことを知りたいんじゃないかと思い、可愛い恋人の為に調べてやろうとした結果がこの惨事」

 清の方も祇城をずっと探していたのだろう、勝呂が国外から探りを入れたことで消えた少年の居所を嗅ぎ取られたというわけか。
 気づいたら自身が狙われる羽目になり、祇城を自分から───危険から遠ざけた。
 恋は盲目とよく言ったもので、とんだ惚気話に巻き込まれたものだ。




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