三十六. 残党を一箇所に集め終えた潜伏隊はその頃途方に暮れていた。 死体の山々をどうするかまで安西に指示されていないのだ。遠征ではその場で焼却するが、今回は遠征でもなければ任務でもない。 「主犯は捕らえたんだし、燃やすか?」 「町じゃ駄目だろ……焼場へ持ち込んだ方が」 「待て、これは極秘だ。持ち込んだら情報が漏れる可能性がある」 江戸っ子の耳は地獄耳。あっという間に噂になるのは目に見えている。誰か城に戻って指示を仰いでこいと押し付け合っている中、隊士のひとりが声を震わせて一角を指差した。 「おい……あれ……あれ何やってんだ……!?」 一同が揃って振り向くと、圭祐が死体に馬乗りになって顔面を切断していた。 半開きの口角に刃を当て、魚でも切るかのように文字通り口を割り裂いている。 「かってーなぁ! 喉の骨が突っかかって邪魔!」 やおら立ち上がり、最後は足で刀を踏みつけての力技。ゴリッという生々しい粉砕音と共に死体の顔が口半分から上下に分断された。 「これで良しと。どれどれ…うっわこいつ歯きたねぇ!」 「………………」 死体の頭を鷲掴み、小川にじゃばりと突っ込んで濯ぎ出す。 「圭祐、何してるんだ?」 最後の死体を引きずって戻ってきた巴が不思議そうに尋ねた。戦慄の眼差しで傍観していた隊士たちは密かに拳を握り「よくぞ聞いて下さった…!」と呟く。 「んあー? 見りゃ分かんだろ、生首洗ってんだよ」 「顎から下がない」 「邪魔だからぶった切った。こーゆー奴らは歯の詰め物とかに機密文書やら毒やら隠してんだ。親知らずまで徹底的にほじくり出してやる」 「……お、お圭様っ!? そんな事していいんですか!?」 氷鷺隊の隊士は圭祐の二重人格をよく知り尽くしているが、さすがにここまでやらかしたことはないらしく離れた場所で右往左往し始めた。けして班長には近づかない。 「なんも指示されてねーんだから何したって構いやしねえってこったろ」 「いや、でも、闖入者といえど一応は人の身ですし……」 「こんなの犬のクソ以下。ただのゴミクズ」 圭祐は生首を地に転がし、よく見えるようになった上顎を覗き込む。歯医者のように隅々まで一巡したのち、苦無の先で奥歯の一本を抉り出した。それをさらに地に置いて柄尻で叩き割る。 「さっそく出た出た。こりゃ紙か……漢字だらけだな。まーいいや、持って帰ろ。あとはこっちの…よっと、この黒い塊は毒か?」 すでに凝視できる限界を超え、隊士たちはくるりと方向転換してまた固まった。 「───と、とと…とととと巴御前……」 「何?」 同じように死体を解体し、こちらは今まさに腸を引きずり出していらっしゃる最中。 全員が瞬時に白目を剥いた。 「な…何をなさっているのかはあえて聞きませんが……」 「圭祐の話で思い出した。密書や金銀を豚の腸に詰め込んで飲むと胃酸で溶けずに腸内に残ると本で読んだことがある。だから腸を」 「縄でも掴んでるみたいにさらっと言わないで下さい!!」 「縄みたいなものだよ、ほら」 「いやいやいや!!!」 隊士たちは極秘の身分も忘れ、夜の散歩などで出歩く町人に出くわさないよう祈りながら『現場』を包囲しつつ外を向く。内臓の生々しい臭いがたち込め、必死に吐き気を堪える者もいた。 後ろでは「異国の金って江戸で両替できんだっけ?」だの「この武器は使えそうだ」だの、もはや追い剥ぎに近い……否、完全に追い剥ぎと化した二人の独り言が延々と続く。 事件を明るみに出し、日清の政治に持ち込む。 祇城の不法入国については隠匿していた勝呂が罪を請け負い、隠密衆には何の責任もない。彼を追って密入国した星涛一味はその言葉を信じるなら清王の差し向けと言えるが、今現在日本と清は鎖国中。刺客を放ったとあらば話し合い次第では戦争にもなり得る。 それでもいいのか、と皓司は言ったのだ。 「ご尊顔を拝見した事はありませんが、仁皇帝といえば文武両道、博愛主義で王政においても非常に倹約家であられると聞き及んでおります。そのような御仁が内々に暗殺組織を放ち、消えた子供ひとりを追って異国まではるばるいらした。何故でしょう? 祇城は王族なのですか。嫡子庶子はさておき、いずれ王位を継ぐ存在なのでしょうか」 皓司のやたら冗長な台詞をどこまで正確に訳しているかは不明だが、甲斐は一度もつっかえることなく言葉を紡いだ。祇城が王位継承者なら事は重大だ。 そこで安西はふと、ある話を思い出す。 「そういや甲斐、言ってたよな。清にゃガキに殺し合いさせる闇商売があるって」 ぴくっと祇城が反応した。 「どうした」 「……? 今、少し」 「記憶に引っかかったか?」 曖昧に頷く彼自身、記憶の断片が見えたわけではなさそうだった。簡単にはいかないか。 しかし今の言葉で引っかかったのならその話は本当かもしれない。甲斐も気になる様子で祇城を窺っていた。 何の話かと尋ねる皓司に、甲斐が端的に説明する。 「罪人の子ですか。見せ物が皇帝の主催だとすれば、祇城は決闘相手を何人も殺して皇帝を楽しませていた良い闘犬だったという事ですね」 「たまたま兄の話と合致する部分が多いだけで確証はありませんがネ。祇城の腕や拾った当時の様子からしてそうじゃないかと」 甲斐の話を聞いても祇城はそれ以上反応を見せず、何か思案する風に星涛を見ていた。 コンコンと小屋の戸を叩く音に続いて隆が顔を出す。 「状況はどうだい? いま圭祐たちがお土産を沢山持って戻ってきたよ」 「殿下。まだ起きていらっしゃったのですか」 「そりゃあ圭祐が心配だからねえ。ダメって言ったのに参加したいだなんて」 「土産って何ですか。俺は何も指示しませんでしたが」 ぶつぶつ文句を零し始めた隆に尋ねると「地図入りの密書のような紙が数点、毒、武器、通貨、その他色々です」と、すでに検分したらしい答えが返ってきた。 雑魚を始末しろと指示しただけでそれだけの物証を持ち帰るとはなかなか賢い。 「そんだけありゃ大筋は判明するでしょう。斗上さん、拷問は終いだ」 |
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