三十一.


「瀞舟様が? ったく、しょうもねえおっさんだな」

 上機嫌で衛明館に戻ると巴に呼び止められ、広間では不都合だというので自室へ通した。瀞舟から預かった見慣れない異国の武器を弄びながら、安西は殺風景な庭に目を遣る。花だの実だのはいらないが何もないというのもつまらない。また鳥でも飼い慣らそうか。

「可能性を踏まえても対象が動物とは考えられません。人名なら下手人が探している者は神田近辺に現在もいる、もしくは最近までいたと推測できます。その辺りに不審者の情報がないか」
「調べる必要はない。もうちっと先まで読んでみろ」
「先? というと」
「神田、異国人、不法入国、猫を連想する人物」

 単語を並べると巴は首を傾げ、ややあって「祇城」と呟いた。

「勝呂様の私宅に通っているのは知ってますが……祇城がマオですか?」
「そうだ」
「しかし彼の身元については勝呂様が保証を」
「実は知らねえんだよ。拾った異国のガキに和名つけて判付き帳を出しときゃ誰にも怪しまれない。そんで自分の管理下に放り込めば目下安全」

 巴の視線に応えるように室内へ向き直り、だが視線の問いには答えてやらない。この件をどこまで知っているのかと探る彼の眼光は好奇に満ちたものではなく、獲物を狙う獣のそれだった。
 いい目つきだが理性を忘れてもらっては困る。瀞舟が狙われているわけではないのだ。

「今から会議だ。全員集めろ」
「は?」

 ぼさっとすんな、と一睨みで巴を追い出し、手元の武器をくるりと回す。
 隠密衆の介入が駄目なら組織として動かなければいいだけの話。
 簡単じゃないか。




 遠征でもないのに召集とは何事だと隊士達がざわめく中、悠々と広間に入ってきた安西の手元を見て皓司は一瞬呼吸を忘れた。
 布に覆われているがあの形は見間違うはずもない。朱雀が持ってきた異国の武器だ。
 自分の部屋にあったものを見つけて───否、布が違う。
 ではあれは一体どこから仕入れたのか。そうそう何本も手に入れられる代物ではないが、安西も何某かの理由あって辻斬りに目をつけていたのだろうか。
 厄介な事になりそうだ、と内心舌打ちする。
 一方的とはいえ浄正と獲物を競っているのに安西まで割り込んでくるとは。

「急に集めて悪いな。全員に聞いてもらいたい事が二つある」

 安西は立ったまま最後列まで見渡した。

「まずひとつ、神田の辻斬り事件は知ってるな。知らねえ阿呆の為に説明すると、黒装束の異国人が夜な夜な現れて『猫を知らないか』と尋ねてくる。当然異国語だから訊かれた方は何言ってんのか分からねえ。で、答えられないと用無しとばかりに殺される」
「ちょっと待って下さい、そこまで具体的な内容を知ってる目撃者はいませんが……」

 日本橋から神田近辺の管轄である氷鷺隊の隊士が手を挙げて発言する。
 町人の情報だけでは本当に異国人かも分からず、まして何を尋ねられたのかは死人にさえ分からないままだ。それを安西は異国人であると断言し、さらに問いの意味を知っていた。
 浄正に会ったのだろうか。
 しかし未だ隠密に事件を回されないのは勝呂や御上に事情があるからで、公に捕まえることを避けているとしか思えなかった。浄正は事件当日あの現場に居合わせ、勝呂から事情を聞いているはず。となれば現役に戻った安西に浄正が情報を流すとは考え難い。

「目撃者はいねえが身近に被害者が一人いた。俺らの飼い主こと勝呂公だ」

 ───勝呂から聞いたのか。
 聞いたというより吐かせたのだろうが、思わぬ伏兵に先を越されてしまった。
 俄かにどよめく一同を「黙れ」と制して安西は続ける。

「こっからよく聞け。神田の件に隠密衆は一切の介入禁止だ。氷鷺隊と諜報は今すぐ独自調査を止めて調査書を俺によこせ」
「な……寒河江隊長、これは一体どういう…」
「ああ、三人衆の権限のひとつでね。一隊長はどの隊・どの班の隊士に命令してもいい事になってるんだよ。今までほとんど事例がなかっただけでね」

 たしかに今の若い隊士たちは知らない権限だ。

「でもずるいなあ安西さん。大事なことなら前もって俺と皓司に話して下さいよ」
「今話したでしょう。聞いてなかったんですか」
「いやそうじゃなくって」
「そうじゃないなら黙ってて下さい。進まねえ」

 安西らしいやり方だと苦笑する他ない。なまじ班長時代よりも権限を乱用できる隊長格ともなればますますやりたい放題。
 この刺激を心地良いと感じている自分に気づいて、皓司は小さく咳払いした。

「んで、犯人をとっ捕まえる為に囮作戦を考えた」
「……はいっ!? あの、介入禁止って言いませんでしたか!?」
「組織的介入はな。だから私的介入で攻める」

 つまり任務としてではなく個人の問題として処理すると。
 資金は使わない、上への報告もしない、万が一何かあっても全て自己責任。
 まさに自分が実行しようとしている事を、安西は全員に話した上さらに作戦まで持ちかけた。隠密の介入が御上か犯人側にバレてはまずいのなら、隊士には神田の件に一切関わるなとだけ伝えれば済むはずだ。全員を巻き込む理由が分からない───

 いや、分かった。
 たとえ関係なくとも全員を共犯者にしておくのが安西のやり方だった。
 後になってあの時は云々と怨恨話が出れば「お前らだって楽しんでただろ」だの「俺は何も隠してない、ちゃんと言った」だの、確かにその通りでしたと一同が泣いて土下座した光景は記憶の隅々にある。
 もっとも性質が悪いのは、被害に遭った方も巻き込まれた方も結局は安西を憎めない事だ。
 終わりよければそれで良しとはよく言ったもので。


 閑話休題、獲物を狙っているのは浄正、安西、そして自分。
 その中で今現在多くの情報を得ているのは浄正だろう。次いで安西か。自分はまだ朱雀から聞いた断片的な情報と町の噂しか知らず、手札が足りなかった。
 ここは素知らぬふりで共犯に徹し、不足の情報を安西から引き出すとしよう。




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