二十六.


「勝呂様は優しいです。少なくとも今までは」
「なのに急に冷たい態度で『家に来るな』と言われたり何の説明もなく突き放されたわけか」
「俺が何かしたのかもしれません。その日以前に会ったのは睦月の終わりで、諍いはしませんでしたが……。俺は戦績が悪いですか? 勝呂様に恥を掻かせてますか?」

 気が逸ったのか次第に縋るような眼差しで問い詰めてくる祇城を宥め、落ち着かせた。

「戦績でいうなら甲だ。甲乙って分かるか? 甲は一番、乙は二番って意味な」

 はっきり言って優良だ。日本語が達者なら祇城と巴を班長に据えたいところだが、両者とも難癖がありすぎて実現には時間がかかる。
 祇城は先の遠征でも何ひとつ落ち度はなかった。無茶な指揮に戸惑う様子もなし。

 思うに、この件は彼が原因ではないだろう。
 人の神経を逆撫でられるほど言葉の意味を解せず、またそういう性格じゃないのは目を見れば分かる。疑うことを知らない澄んだ眼差しは子供と一緒だ。
 ますます勝呂の顔を拝んでみたくなった。
 この目を見ながらにして無下に傷つけるとはいい根性ではないか。

「ひとまず平静でいろ。納得できる答えを彼氏に吐かせてやるから」

 カレシとは何ですか?なんて具合に首を傾げた少年の尻を叩き、立ち上がらせる。
 当面は勝呂に言われた通り家に行かないこと、神田をうろつかないこと、物騒な事件はいずれ隠密にも情報が入ってくるだろうから単独調査は禁止。
 そう約束させて先に衛明館へ帰した。




 翌日、部屋の畳を掃いていると窓から鳥が入ってきた。
 鳥といっても鶯や雀ではない。この世に在らぬ紅色の美しい鳳だ。

「いらっしゃい朱雀」
「よー。掃除中? 邪魔かな」
「隅を掃いたら終わりますので少しお待ち頂けますか」

 おー、と気の抜けた返事で窓枠に留まった朱雀は暇つぶしに長い嘴で羽を繕う。そんな姿さえも優美で隙がなく、見惚れるような光彩をまとっていた。
 掃き終えて座布団を用意すると、紅色の羽が一度ふぁさりと羽ばたいて人の姿へと変わる。本来の姿に戻った朱雀は座布団の上に胡坐をかいた。

「これ、お前にやる」

 そう言って布に包まれた細長いものを袖から取り出す。
 受け取った重みは間違いなく刃物だ。長さは懐刀ぐらいだが妙な厚みがあり、ごつごつと歪な形をしていた。開けていいか尋ねると開けないでどうするよ、と返される。ごもっとも。

「───これは」

 苦無によく似た異国の短剣。過去に見たことがあるわけではないが、和国でこういう形の刀は侍にも鍛冶師にも好まれない。

「どちらで手に入れたのですか」
「樹んちに転がってたから貰った」

 まどろっこしい会話を嫌う朱雀がずいぶんと情報を小出しにしてくれる。
 試されているのだ。
 お前にこの背景が分かるか、と。
 何とも神様らしい意地悪さで笑ってしまいそうになった。

「清の国のものでしょうか。よく研がれているわりにこの角度から見ると鉄の表面に錆が浮いていますので、恐らく毒ですね。水無瀬さんの持ち物には思えませんが」
「ご名答。隠密担当の老中が町で襲われた時に腕にぶっ刺さったもんらしい」
「勝呂様ですか」

 つい最近、使いを頼んだ宏幸が夜になっても帰ってこなかったので探しに行こうとした道すがら、私用の刀を携えて外出する勝呂と鉢合わせた。こそりと後をつけてみると神田付近で何者かが彼を襲い、幸いにも偶然居合わせた浄正が助太刀に入ったようなので自分はその場を立ち去った。
 あの時のものか。

「水無瀬さんは勝呂様から直接これを受け取ったのですか」
「浄正が連れてきたとか言ってたな。解毒して追い返したはいいけどこれ忘れてったって」

 忘れたというより浄正が故意に置いていったのだ。
 勝呂が所持して御上にバレては首が飛ぶ。浄正も同様。何かの手違いで上野の自宅からこんなものが見つかったとあらば大ごとだ。元隠密頭で素性に偽りがないとはいっても、職を退いたら日本刀しか帯刀を許されない。
 様々な武器の使用を認められるのは現職に就いている間だけで、入隊時に持ち込んだ私物だろうと自腹で買った物だろうと引退する時は日本刀以外すべて没収される。槍や苦無も例外ではなかった。
 そういうわけで現役である自分のところへ持ってこられる分には何等問題ない。


「神田で辻斬りが横行してるだろ。隠密はまだ動いてねえみたいだし、どうよ皓司」

 悪戯めいた笑みで上目遣いに見据えてくる。

「退屈しのぎに一本取ってみれば?」

 退屈しのぎはもちろんだが、朱雀の心遣いが何より嬉しい。
 隊を動かす前に片付けられればそれに越した事は無し、当然自分の戦績も上がる。
 のし上がることにひたすら貪欲な自分の性質を朱雀は高く評価してくれていた。「野心が無くなったら皓司になんか興味ない」とまで宣言されたほどだ。

「ありがとうございます。なかなかに腕の鳴る事件ですね」
「浄正に負けんじゃねーぞ。勝ったら褒美に何でもしてやる」

 あの浄正のことだ、勝呂からある程度の情報は聞き出しているだろう。
 共同戦線を張る気は毛頭ない。
 ゼロから這いずって浄正の前で手柄を横取りしてやろうとほくそ笑んだ。




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