二十四. 「九重さん、ご足労様です。もう終わったんですか?」 そろそろ暇をと席を立った九重組を門まで見送ると、図ったように隆が実家から帰ってきた。 「あ、どうも瑠璃屋さん。この度はうちに声をかけて頂き光栄でございやした。なんだかんだで昼飯までご馳走になってしまって」 「いやいや、大したおもてなしも出来ずにすみません」 もてなしたのはお前じゃないだろ、と内心ツッコミを入れたが口にはしないでおく。夕方までかかるだろうから夕飯に間に合うように帰ってくると言ったくせに、昼前に完了したのを隆はどこで知ったのか聞くのも面倒くさい。昔からこいつは要領がいいのだ。 「綺堂、斗上さんが戻ってくるまで居てもいいんだぞ」 紀一に連れ立って帰ろうとする綺堂に声をかけると、彼はゆるく頭を振った。 「これから人に会う予定だもんで、早く片付いて助かったよ。花屋さんによろしくな」 返事に自分が変な顔をしたのか、綺堂は軽く肩を叩いて「懐かしの“我が家”に長居するのが嫌なわけじゃないって。また来るからさ」と付け加える。 誰もそんな勘繰りはしていないが、用事があるなら引き止める理由はなかった。 綺堂の一日はいつも忙しない。当人が忙しそうな素振りを見せないので意外と気づかないのだが、朝起きてから夕飯まで何かしら動き回っていて昼寝しているところさえ見たことがないと嫁が言っていた。といって家庭を蔑ろにしているわけでもない。 近所や知人から何か頼まれるとホイホイ引き受けるのが多忙の原因だ。 そしてそういう日常を器用にやり過ごす。だから人はみなこぞって彼を頼りにする。 (いい加減トシ考えて落ち着きゃいいものを) まあ自分とて年甲斐もなく“我が家”に舞い戻ってきた手前、人の事は言えないか。 館内へ戻りかけると、大工達の背に手を振っていた圭祐が「あれ」と呟いた。 「紀一さん、忘れ物かな?」 振り向いてみれば紀一がこちらに猛進してくる。その様相にピンときた安西は圭祐の身を門の前へ乱暴に突き出した。 「ああ、ありゃ忘れ物だな」 「わ、ちょっと押さないで下さい安西さん」 息を切らして到着した紀一の前に圭祐を押し出すと、紀一は一瞬ぎょっとしたが即座に圭祐の手を取って紅潮した頬をさらに赤らめる。 「あ、あの…お圭さんっ。今度よかったら飯を、ご一緒に…してもらえませんか?」 まったく予期しない出来事に圭祐が瞠目した。 だらだらと額から汗を垂らしている紀一は真剣な顔で「お願いします!」と頭を下げる。 「えっと、僕でよければいつでも」 「本当ですか!?」 「はい。でも急にどうしたんですか?」 「ど、どうしたって……それは、あの…」 まるで十代の恋のようで見ていられなかった。このまま黙っていたら腹筋が崩壊する。 「圭祐と友達になりたいんだよな。年はちと離れてるが紀一もこの通り見た目若いし独身だし、大工なんて堅気の商売やってるわりにゃ物知りだから飽きねえと思うよ」 「悠の兄貴……!」 複雑な表情で慌てる紀一を尻目に、圭祐の背をぽんと叩いた。 「俺と綺堂の自慢のダチだ。ひとつ仲良くしてやってくれ」 「それはもちろん、僕の方こそ嬉しいです」 でもなんか状況が変じゃないですか、と首を傾げる圭祐は自分への好意に疎いらしい。 疎いといえば紀一も十分疎いのだが。何せ圭祐を女だと信じて疑っていない。熱烈なまでに女だと信じ込んでいる。 男だと教えてやるつもりはさらさらなく、綺堂も紀一の思いに気づいて実は工事の最中から笑って見ていたのだ。黙っとけよ、と目配せすると長年の相棒はさも得心顔で頷いた。 いざ圭祐と仲良くなって男だと知った時の紀一の混乱ぶりが見ものだ。 最悪、立ち直れないほどの深手を負ったとしても綺堂に任せておけば問題ない。 そこまで考えてはたと、なるほど綺堂はこうして皆から頼られ縋られ厄介事を丸投げされるのかと理解した。俺に任せろなどと大それた台詞は言わない奴だが、一度関係してしまえば誰よりも器用に後腐れなく片付けるその人となりはある種の安心感を外部に植え付ける。 綺堂も綺堂で、押し付けられても別にいいやと思っている節があり、おかげで彼の周りは常に円満だ。 再び紀一が去ったあと、思い出したように圭祐が話題を振ってきた。 「ところでさっきの話ですけど、安西さんも勝呂様にご用があるんですか?」 綺麗さっぱり忘れていた。 美少年趣味の老中、美少年の異国人隊士、美少女まがいの美青年班長。 どえらい三角関係をどこまで推理したんだったか。 「質問に質問で悪いが、圭祐の用事ってのは?」 「んー、実は祇城にちょっと気になることがあって」 いきなり核心。 「あ、でも祇城は安西さんの隊士なんですよね。もし勝呂様にお目にかかれたら、ついででいいので聞いてみてもらえませんか?」 祇城が少し不安定だが喧嘩でもしたのか、と。そうなら早めに仲直りして欲しい、と。 違うのなら直接彼に会って話を聞いてあげて欲しい、と。 普段から隊士たちを見ているだけあって、圭祐は些細な気がかりも見落とさない。 だがこれでひとつ疑問が晴れた。 勝呂が圭祐に乗り換えた説は無効だ。二人は特別な関係ではない。 「分かった。それにしても圭祐は優しいな。よく気がつく」 「優しいわけじゃないですよ。日常に問題を抱えたままだと遠征で足を引っ張る可能性があるからです。祇城は特に落ち着いてる隊士なので、感情のブレが無意識に表へ出るのはよほどの事があったのかなと思って」 さして親交がある間柄でもないのに一個人に対してそこまで深く思い遣れる。 本人は否定しているが、やはり性根の優しさゆえだ。 外見に似合わず腕も頭も頼もしい班長だと感心する傍ら、どうしてこんな短命の仕事を選んだのだろうと興味をそそられた。そのうち酒でも酌み交わしながら聞いてみよう。 「さてと、ちょっくら出かけてくる。後よろしく」 「了解です。いってらっしゃい」 |
戻る | 進む |
目次へ |