二十一. 「悠の兄貴!」 圭祐とともに出迎えると、先頭の紀一が飛びつかんばかりに目を輝かせた。相変わらず飛脚のようにひょろっ細い奴だが、手の節の太さを見れば大工も納得。 「久しぶりだな、紀一。全部で何人?」 「上組十八人と新入り七人、しめて二十五人でさぁ」 「二十五ね。雑用は隊士にやらせっから板張りに専念してくれ」 さっそく雑用隊士を捕まえて侍女に二十五人分と告げるよう頼み、一行を広間へ通した。 圭祐が最後尾の荷物持ちを見て「あっ」と声をあげる。 「綺堂さん!?」 大工たちより頭ひとつ分は飛び出ている男が肩に三つも道具箱を載せていた。そいつはひょこりと首を曲げて圭祐を見下ろし、犬のような笑顔を浮かべる。犬のような、という表現がとにかく似合うのだ。子犬ではなく大型犬だが。 「おっ、殿下のところのお圭さんじゃないですか。お元気そうですな」 「ご無沙汰してます。覚えてて下さって嬉しいです」 「おいこら新米大工。色目使ってねえでさっさと働けや」 「安西ちゃんも相変わらず照れ屋さんで可愛いやね」 紀一が来るなら当然来るだろうと思っていたので驚くには値しない。 綺堂は床を軋ませながら道具箱を反対の肩に持ち替え、圭祐と会話を弾ませる。 「うちの相棒はうまくやってますかね? やりたい放題でしょう」 「とんでもないです。安西さんが来て下さったおかげですごく活気づきましたよ」 そりゃあよかった、などと和やかに笑みを交わす二人を紀一の視線が始終追っていた。さっきから圭祐が気になるようで、ちらちら見ては目を逸らしている。 作業中は圭祐に広間の立ち入り禁止を命じよう。紀一の足に釘が刺さる確率十五割だ。 「本日はお越し頂きありがとうございます。斗上と申します」 「あ、ど、どうもこちらこそ……。九重組新頭のきっ…紀一と申します」 広間に入るなり皓司の堅苦しい佇まいに気圧されたのか、紀一はしどろもどろに頭を下げた。 こういう人間に縁がないのは勿論、普通にしていてここまで他人に威圧感を与える人間もなかなかいない。よって皓司が悪い。 「斗上さん、挨拶はそんくらいでいいですからとっとと始めましょう」 「そうですね。───おや、綺堂さんではありませんか。大工さんの衣装がよくお似合いなのでどちら様かと思いました」 「ということは諜報向きですかね。ああ失敗したなー、あの時花屋さんの部下じゃかったら今頃はこんな小憎らしい気持ちも湧いてこなかったのに」 「憎らしい気持ちですか、ほう。詳しくお聞かせ頂きたいものですね」 「いい加減にしろてめえら。金玉カチ割るぞ」 場所と顔ぶれのせいか、どうにも昔に戻ったような錯覚を感じるのは自分も同じだった。 興味深そうに見ている隊士たちを広間に集め、かつては同じ衛明館の住人だった相棒の紹介を後回しにして各自の役割を進めさせる。隊士が畳を剥がし大工が下準備に取り掛かると、途端にそこらじゅうが埃臭くなった。 隆が実家の手伝いを理由に逃げたのはこれが嫌だったのだろう。血生臭い仕事を生業としているわりに埃臭いのは性に合わないらしい。とんだ坊ちゃまだ。 その点、皓司は俄然やる気で着替えもせずに畳を運んでいる。着物が汚れるからと恐縮して止めようとした紀一を持ち前の微笑で一撃黙殺。 「紀一、そいつは妖怪タタミ運びだ。目ぇ合わすと喰われるから気をつけな」 「って安西ちゃんそのまんまだよ」 中庭で板を並べていた綺堂が腹を抱えて笑い出し、呆然と立ち尽くした紀一はどうしたらいいものかと途方に暮れた。綺堂や他の隊士たちにも気にするなと言われてようやく動き始める。 畳を上げ終えたらそこからは大工の仕事で、地面の均し作業に入った。 自分たちはついでに屋根やら部屋やら館内外の修繕をして時間を潰し、正午を目安に休憩。 頭が暇になったところで、安西は先刻の圭祐とのやりとりを整理する。 資金管理役を担っている彼なら勝呂に直接会うのは簡単なはずだ。それを口実にしないで相手の時間を見計らっているのは、仕事絡みではなく個人的な用向きだからか。 (個人的な用、ねえ) 勝呂はもちろん圭祐のことさえまだよく知らない。 知られていないのを都合良しと見て、あえて自分にさりげなく城の状況を聞いたのだろうか。そういう小賢しさは持ち合わせていないにせよ、無意識に人をうまく使っているところはある。 かくいう自分は浄次と祇城の件で勝呂に会う為、もっとも効率のいい手段を模索中。 圭祐の飛び入りでまたひとつ使えそうな条件が揃ったとほくそ笑んだのだが─── 何やらおかしな符号が合致してしまった。 入隊前から好い仲だった勝呂に突然別れ話を切り出された祇城。 理由も言わず一方的に祇城を捨てた勝呂。 人に知られたくなさそうな様子で勝呂に会う機会を探る圭祐。 自分が知り得るかぎり勝呂に関する状況をまとめるとこうなる。最初のふたつは祇城から直に聞いた保智の情報、圭祐の件は自分の憶測。 ほぼ同時期に勝呂が絡んできたのは偶然か否か? たかが老中の名を偶然にそう何度も聞くわけがない。 「美少年趣味で乗り換えたとか」 「え? 安西ちゃんて美熟女趣味じゃなかったっけ」 またも木材を運搬中の綺堂が通りすがりに首を傾げた。妄想から生まれた独り言だと追い払って縁側に腰を下ろす。 祇城に飽きた勝呂が圭祐に乗り換え、圭祐は逢瀬の時間が欲しいのだとすれば納得がいく。 (いや……なんっか釈然としねえんだよな) 何がすっきりしない原因なのか。 角材を担いだ宏幸が大工に呼ばれて振り向き、回転した木に当たった保智がなぜか宏幸に謝っている。別にぼさっとしていたわけではないのに保智も間が悪いというか何というか。 すると圭祐がやってきて横柄な態度の宏幸を一喝した。 怪我をしなかったかと相方の無事を確かめ、笑顔で肉体労働を労っている。 すっきりしない原因が分かった。 圭祐は人の不幸を尻目に自分の幸せを喜ぶ人間ではない。 祇城と勝呂が恋仲だとは知らないようだが、もし自分が勝呂とそういう関係になったら祇城の恩人であり拠り所でもある存在を奪ってしまうのではと考えるだろう。 あるいは関係を知っていて、最近勝呂に付き合わないかと言われたとする。 その時に祇城のことはどうしたのだと聞く時間がなくて問いただそうと思っているのか。 「悠の兄貴、そこにある五号板を彦んとこに運んで下せえ」 「五号板ってどれだ。素人に暗号使うんじゃねえよ」 左から二番目の長い板と補足され、最初からそう言えと叱って腰を上げた。 |
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