十九.


 翌朝一番、江戸に帰還した龍火隊一行が見たのは土下座で皓司に何事かを謝っている宏幸の哀れな姿だった。全身痣だらけ。派手に喧嘩したらしい。

「何やってんですか」
「お帰りなさい安西さん。お疲れ様でした。宏幸、もう良いですから顔を上げなさい」
「んなわけにゃいきません! 俺のこと探してくれたのに、俺は……俺は!」

 聞けば遣いを頼んだ宏幸がちっとも帰ってこないので皓司が探しに行ったところ、宏幸は道中で会った実姉がどこかへ殴り込みに行ったのが気になり追いかけた、と。
 姉を見つけたはいいが、彼女に叩きのめされた相手が求婚を申し出てひと悶着、相手は去ったがはらわた煮えくり返った姉に家まで連行されてコキ使われた挙句、二番目の姉と喧嘩してボコボコにされたのだという。
 そんなに強い姉なのか、それとも宏幸がその程度なのか。  聞けば、彼は黙って自分の頭をがしがし掻き回す。いきなり照れ隠し。

「……確かにそこらの野郎よりバカ強えけど、姉貴も一応女なんで」

 たとえ家族でも女には手をあげるな、という家訓が云々。
 防戦に徹した証拠に手足の痣が多かった。

「へえ、優しいんだな。俺も女だらけの家だったけど妹の顔なんか何度もぶっ叩いたぞ」
「え……」

 悪いことをしたら、の話だが。
 宏幸のような兄弟喧嘩はしなかった。父は早世し、母一人と妹三人。唯一の男である自分が兄と父の一人二役を担っていたのは成り行きだ。



 疲れた奴はさっさと寝るべし、腹が減った奴は残るべし。
 半々ぐらいに分かれた隊士のうち、階段へ向かおうとした巴だけは引き止める。ほっとけば一日何も食べないのではないかと思うほど食が細い。特に朝は茶碗一杯も食べられず、ほとんどのおかずを残すのだ。
 全部食べろとは言わないが、少しでも腹にモノを詰め込む習慣をつけさせることにした。

「で、どうでした? 隊長から見た龍火隊は」

 待ち遠しかったとばかりに隆が声を弾ませる。
 浄次も遠征に同行したので報告は必要なかったが、隊士についてはこの場で物申したい。

「真面目すぎて面白くない。それに尽きます」

 残った龍火隊の隊士が途端に箸を止めた。

「出来が悪いとは言ってねえよ。気を悪くしたんなら謝る」
「そうそう。安西さんは昔から遠征で遊ぶのが生きがいなだけで、悪気はないんだよ」
「殿下に補足されると俺の人間性が疑われるから黙ってて下さい」

 『遠征で遊ぶのが生きがい』については否定しない。全力で肯定する。
 司が率いた煙狼隊の前の代から、自分はあの隊じゃなくてよかったと心底思ったものだ。無論、真面目で無駄がなかったからこそ圧倒的な戦績を上げていたのは認める。
 だが、ただ黙々と任務をこなすだけのつまらない戦は嫌いだった。討伐の為に働くならそこに最高の楽しみを見出すべきだ。
 入隊して数年後のある日、そう主張すると相棒の綺堂が大いに賛同してくれた。
 それから殺伐とした遠征の中でふざけ始めた自分たちを、浄正は最初アタマがおかしくなったと思ったらしい。遠征続きで疲れが溜まっているのか、休息が必要なら遠慮せずに言え、と神妙な顔で部屋まで来られた時は相棒と二人で腹を抱えて笑った。

「ま、俺なりに楽しくやらせてもらいますよ」
「悠ちゃんいけすかんのやで。うちらを崖から蹴り落とすわ、人のこと騙しよるわ、おまけに巴御前だけ引っ張り込んでよう分からへん任務与えてん。タヌキが心臓発作で死ぬとこやったわ」

 口に米粒をつけた冴希が暴露すると、圭祐が目を輝かせて「面白そう!」と続きをせがむ。
 下座の隊士たちも興味を引かれたようで急に広間が賑わった。


「俺の任務って何の意味があったんですか?」

 隣で細々と食べていた巴が思い出したようにぽつりと言う。本来の席は下座だが食事管理と称してしばらくは自分の隣で食べるようにさせた。

「そうですよ安西様! 青山さんがまた暴走したのかと僕びっくりしました」
「またって何、暴走の常習犯?」
「違います」
「いえ、わりと常習ですから……」

 きっぱり否定した巴は自分の性格を把握していないらしい。
 深慈郎曰く、なんの前触れもなしに不可解な行動で周囲を唖然とさせることがしょっちゅうあるのだという。

「そうなのか。だったら今回のは目新しくなかったな」
「目新しいって……十分驚かされましたけど。変な場所から現れてばっさばっさ進んで行ってしまうし、椋鳥さん達の持ち場の手前にどんどん死体を作ってしまうし。あんな所で青山さんに立ち回られたらどちらかの班に援護が必要になっても迂闊に入れませんでしたよ」

 まくしたてる深慈郎の意見はごもっとも。頭はいい坊ちゃんだ。
 なんだなんだと周囲が注目するなか、にやりと笑って見せる。

「てのが答えだ。巴、ご苦労さん」

 飲み込めない表情で首を傾げた巴に代わり、冴希が大きな声で割り込んだ。

「援護なし言うたんはそれかい! 最初っからそのつもりなら説明してくれたらええやん!」
「今説明したじゃねえか。深慈郎が」
「今やのうて事前にや、事前に!」

 ぷりぷりと頬を膨らませた冴希に疲労の二文字はないらしい。前線突破の役は結構な体力を消耗するはずだが、なかなかどうして元気そのもの。
 深慈郎は体力的な消耗より精神疲労が勝るようだった。気苦労派か。

「それぞれの班が実戦でどれだけ動くかを見たかったんだよ。だからお前には双方の邪魔になるよう真ん中で派手に立ち回っとけって注文したろ」
「そういう事ですか。意図して自陣を妨げるのは難しかったです」
「のわりには平然と邪魔してたよな。おっかなくて近寄れなかったよな」

 下座に向き直ると、龍火隊の隊士が一様にしみじみと頷く。
 それを見た巴は微かに困ったような顔色を浮かべた。作戦通りであって足を引っ張ったわけじゃないから気にするなと諭し、ひじきの小鉢だけでも完食するよう食事を促す。

 なぜ巴が一年で隊長を降りたのかは皓司から聞いていた。
 物静かで主張性のない性格が生い立ちに起因する事も。
 本人が変わろうと努めている様子なので見守ってやってくれと頼まれたが、今の巴を見る限りは杞憂だろう。皓司に視線を向けると、納得したように目を伏せられた。




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