十六.


 前方は冴希率いる一班が、後方は自分たち二班が適宜分散して囲みつつ敵を中央へ追い込み、最後に沙霧が突破して終わる、というのが今までの龍華隊だった。
 巴が隊長になってからも今まで通りでいいと、大筋の役割はそのまま。
 そして安西もやはりその方が一隊の均衡が取れているといった。

 しかし。
 橋がないなら崖下へ降りて対岸を這い上がれと乱暴に蹴落とされ……。
 沙霧だったらこういう時は片方の班を迂回させ、もう一班と自身は飛び降りる方法を取っただろう。そう、『自分も行く』というのが沙霧だった。だから安心して隊士は前へ進めたのだ。
 安西は降りなかったらしく、後方に姿はない。
 さらに深慈郎が驚愕したのは、隊の要と言える巴の姿までなかったことだ。

「外山班長、青山さんの姿が見えませんが!」
「分かってます! とりあえず分散して敵を片付けましょう!」

 どこで見失ったのか。崖から降りたのかさえ定かではない。
 もともと巴には普段から突拍子もない行動で驚かされることが多い。山道を登っている最中に前触れもなく行く手を一撃で穿ち、なんで道に巨大な穴を空けるのだと皆が足を止めて絶句した瞬間、山が爆発して溶岩が流れてきたこともある。
 溶岩の落とし穴だと、全力で避難した後に彼が説明してくれた。そのおかげで逃げる時間ができたわけだが、山が爆発する気配を感じたなら一言でも教えてくれればと肝を冷やした。

(ああもう、どこで何してるんですか……っ!)

 巴のことだから自分達が不利になるような行動はしないと断言できる。
 自分のやるべきことに集中しよう。
 隊士と共に着々と刀を交えつつ、方々から流れてくる土砂のせいで敵も味方も思うように動けなかった。ぬかるむ土に足元を取られそうになる。


 シャッ、とキレのいい音が深慈郎の耳元を掠めた。
 横手の山林から黒い獣が飛び出てくる。

「───あ、青山さん!?」

 疾風のように脇を駆け抜けて現れた獣……否、巴が行く手の敵を次々と仰け反らせていった。
 数秒の間をあけて敵の首から一斉に血飛沫が迸る。
 大量の血ではない。ぱっと墨を散らすような、切っ先が首を掠めたに過ぎない程度の出血。
 敵は各々呆然と自分の首に手を当て、そのまま静かに倒れていく。
 土砂の隙間を赤い水が滔々と流れて広がった。

「え……ままま待って下さい青山さん! 一班の援護はまだ…って聞いてますー!?」

 自分たちの持ち場を超えて冴希たちの領分にまで踏み込み、援護するどころか敵勢を完全に真っ二つに引き裂いて一班と二班の間に屍の境界線を引く。
 何がしたいのだろう。
 迫ってきた敵と対峙しながら、毎度毎度の不可解な行動に動転した。





「せいやぁーっ!」

 崖の上から次々と投げ落とされてくる岩を粉砕し、冴希はトントンと岩場を駆け登って大男に体当たりをかます。岩を担ぎ上げたまま倒れた男の心臓を一突きすると、刀の柄尻から鎖を引いて周囲の敵を薙ぎ倒した。

「上はうちに任しとき! 辰っちゃん、下を頼むわ!」
「あいよ」
「タヌキの援護はまだええねんから気張ってや!」
「今回は援護なし。班ごとに片付けろ」
「そうなん!? まあええわ、ほな行くで!」

 山林の奥へ逃げていく敵を追いかけ、木々を渡って正面に回り込む。
 冴希と後続の隊士に挟まれた敵が足を止めて立ち往生した。

「堪忍しぃな。自分ら悪党に頼まれて岩を集めとっただけなんやろ? 謀反の理由も知らへんのとちゃうん? 降参言うたら命までは取らんよって、どうや」
「ううっ……手塚様はどこにいらっしゃるのだ、どうしたらいいんだ」

 悠長にも敵同士でひそひそと話し始める。

「班長! 首謀者を捕獲しました」

 背後の斜面を駆け下りてきた隊士が、首謀者と見られる男を縄縛りにして連れてきた。

「でかした辰っちゃん! ……あれ、なんでそこにおるねん」
「え? ずっとこの先で応戦してましたが」
「下任せる言うたやろ。自分、『あいよ』って返事したやん」
「任されてませんし、そんなふざけた返答はしません」

 そう言われてみればあれは彼の声ではなかったような。
 しかも何か命令されたような。
 はて、誰だったのか───


「何やってんだ、冴希。雑魚が逃げちまうぞ」

 はっと我に返ると、地べたを這って逃亡寸前の雑魚の頭を安西が踏みつけていた。
 そうだ、あれはこの声だ。

「悠ちゃん! さっきの悠ちゃんやったん!?」
「さっきのって何。いいからどーすんだこれ、殺るのか殺らねえのか」
「い、い、命だけは勘弁して下さい……! わしら手塚様に頼まれて岩を運んでただけです!」
「お前らには聞いてねえよ。会議中だ、黙ってろ」

 さらに頭を踏みつけて土にめり込ませる。
 なんという隊長か。

「えっと、ほんまやと思うねん。丸腰やし、そこのおっさん小便漏らしとるし」

 股間から湯気が上がっているのを見てなんだか哀れに思えてきた。

「お漏らしが決め手か。いいだろう、命だけは勘弁してやる」
「あ、ありがとうござ……っぎゃああああ!!」

 言うなり安西は彼らの指先を第二関節から全て切り落とす。

「農民だろうが殿様だろうが一度でも悪に手を染めりゃ罪人だ。次にその両手が出てきたら地獄を見せてやる。覚えとけ」

 どっちが悪人か分からないような物言いで解放すると、雑魚たちは何度も頭を下げて泣きながら山を下っていった。

 処罰を問われたのは初めてで、今も心臓がバクバクいっている。
 本当にただの雑魚だったのか、解放してよかったのかと急に不安が滲み出てきた。

「帰るぞ」

 ぽん、と安西の手が頭に乗せられる。
 その瞬間、不安に感じていたすべてのことが吹き飛んだ気がした。




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