十四.


 とは言ったが自分も大昔に兄から聞いた話で詳細は知らない。
 兄は渡航するたびに先々の文化を巡るのが趣味だったらしく、人当たりのいい性格のおかげで色々な土産話を持ち帰ってきた。口商売の貿易商ならではだ。

「闇商売って、それで利益を得るのは誰なんだ?」
「金持ちに決まってるデショ。一種の賭博。サイコロか人間かの違いだヨ」

 向こうの国では血縁の誰かが犯罪を犯せば一族同罪と見なされ、赤子さえも虐殺される。
 そうして行き場を失くした子供達を集め、闘犬のように賭け事の道具にするわけだ。どこへ連れて行かれようと身を案じる人はなく、親はすでに処刑されている。
 死んだら家畜の餌にされるとか何とか、そのへんはまったりとした口調で話す兄の方が怖くてあまり覚えていない。

 祇城の刀さばきや感情の乏しさを見ていて、ある時ふとそれを思い出した。
 もし当たりなら想像した拍子に記憶が戻る可能性は十分ある。
 が、肝心なのは祇城自身が望んでいるかどうかだ。
 少なくともここへ来てから自分の素性を知りたいとは一言も口にしていない。それなら敢えて知りたいとは思わないのだろう。

「祇城には言ったのか?」
「言ってない。自分だったら思い出したくないネ、そんな過去」
「……そうか。お前にも分別があってよかった」

 ───人を何だと思っているのか。
 長年の付き合いのくせに、いちいち癇に障る。

「お前には分別がないみたいだから言っておくヨ。身丈違いの相談は断れ」

 自ら首を突っ込むわけでもないのに厄介事に巻き込まれてばかり。
 そういう体質になってしまったのは昔の自分が原因かもしれないが、保智もいい大人になったのだからしっかり物事を見極めてほしい。頼まれたら断れない、なんて優柔不断の言い訳だ。

「でもあいつは身寄りがないし、自分のことは全然話さないだろ。勝呂様の存在を失ったら」
「だから何? それでヤスがどう困るわけ」
「いや、そういうわけじゃ……」
「おいおい。喧嘩なら俺も混ぜろよ」


 いつの間に入ってきたのか、戸口の壁に背を預けてこちらを見ている安西がそこにいた。
 障子は当然閉まっている。薄暗いとはいえ人の姿形ははっきり見えるのに、完璧なまでに気配を消されていた。
 気づかなかった腹立たしさと安西の嫌らしさに自然と身構え、すぐに馬鹿らしくなってやめた。

「立ち聞きの趣味がおありなんデスか」
「立ち聞きっつか覗き見。親密な雰囲気でコソコソ部屋にすっこんでくからてっきりお盛んなのかと思えば痴話喧嘩しやがって、興醒めしたじゃねえか」

 隣で絶句した保智はさておき、これはむしろ都合がいいと考え直す。

「その口ぶりだと最初から聞いてましたよネ。祇城はそちらの隊士だ、後はお任せします」
「ちょっ……甲斐」
「俺も勝呂さんとやらに会う口実が欲しかったとこだ。利害一致で引き受けた」
「え……安西様が」

 意外なほどあっさりと承諾した安西の懐が読めない。合理的といえば合理的だが、なんとも掴みどころのない男だと思った。
 とにかく引き受けてくれるのなら一件落着。
 祇城には悪いが、知りたい情報が得られれば協力者は誰でも構わないだろう。新しい隊長と親睦を深めるいい機会でもある。保智に頼んでも解決までに何年かかるか知れたものではない。

 安西の横を通り抜けて部屋を出ようとすると、妙な視線に引き止められた。
 首はそのままに視線だけを動かす。

「何か?」
「好きで好きでしょうがねえんだな。心配ならもっと素直になれば?」

 聞かなかったことにした。




 遠征日は初陣を祝うかのような土砂降りの雨。
 如月の終わりで一段と冷え込み、この雨が過ぎれば春がやってくる。

「安西、各班の配置と段取りを変更し……」
「よーしお前ら、段取りは昨日話した通りだ。冴希、そっから飛び降りろ」

 ついてくるなと言ったのにのこのこ筆頭気取りでついてきた浄次を無視し、安西は目先の崖を指さした。本来ならここに橋があったのだが土砂崩れで岩に破壊され、対岸までは跳躍不可能。
となれば迂回するより飛び降りて崖を這い上がった方が早い。

「のっけから段取りちゃうやん! 地形がちゃうやん!」
「臨機応変。ドタマ使って考えな」
「でしたら、僕ら二班が降りて先発するので椋鳥さん達は迂回して後方から……」
「なーに言ってんだ、二班“も”行くんだよ。おら、どんどん落ちろ」

 冴希と深慈郎の尻を相次いで蹴飛ばすと、呪いの言葉と共に落下していく班長を追って隊士達もぞろぞろと投身していった。
 そのうちの一人を捕まえて引き戻す。

「巴。お前様はあっち」
「はい?」
「はい、じゃなくて。あっちから仕掛けろ」

 あえて細かな指示はせずに迂回路を示した。眠そうな目が二三度瞬いてこくりと頷く。
 巴のような『伐採屋』は単発で奇襲をかけさせた方が面白そうだと閃いた。前方は冴希に暴れてもらい、後方に深慈郎の班が分散。敵の持ち場が分かれたところに時間差で現れた巴がひとり縦横無尽に斬り込んでいく。敵も味方も一瞬混乱するはずだ。

「おい安西、これでは青山がどっちの班で動いているか分からんではないか。隊士は所属の」
「班長を罠にかける為に決まっとるでしょう」

 巴は二班の隊士だが、先に行動指示したのは隊長である自分。
 つまり深慈郎が途中で指示を出しても巴は従わない。彼の性格からして隊長命令を預かっているとはいちいち説明しないだろう。
 ついてこなかった上に従わない部下を真面目な坊ちゃんがどう対処するか。
 冴希は巴の邪魔をしないでやるべき事に集中できるか。

「黙って援護してくれる優しい上司はいねえぞ」




戻る 進む
目次へ


Copyright©2011 Riku Hidaka. All Rights Reserved.