十三.


 綺堂石材店。
 とはいうものの材木も扱っており、もっぱら墓石や棺の注文が多いので葬儀屋を名乗っている。
 近所には寺、周辺には菊の花畑。ここらへんに住んでいればいつでも安心して死ねるなどと言うご老人たちは揃って健在だ。

「おう、イッテツ。神代のじっちゃんから届けもん」

 今日も今日とて石を削っていると、友人の紀一が垣根から顔を出して何か投げてきた。

「こないだ雨樋の修理してやったんだろ。その礼だってさ」
「あれま。んな気遣わなくていいのになー」
「いらねーんならちょうだいよ」

 近所の老人その一がくれた笹の包みには手製の牡丹餅が六つ。家族の分まで作ってくれたらしい。長男が友達の家へ泊まりに行っているので紀一にひとつ分けてやった。
 垣根に寄りかかって牡丹餅をほうばる紀一は大工なのだが、紺色の半被を着ていても職人の雰囲気がまるでなく、たびたび飛脚に間違えられる。そのせいでいつしか頼まれればどこへでも届け物をするようになった気のいい奴だ。

「なー週末ヒマ? 城から依頼あんだよ。なんつったかな、昔おめえさんがいたとこ。延命館?」
「縁起のいい名前だぁね。衛明館がどうしたって?」
「あそうそう衛明館。大広間を板張りにしてくれってんで、ちょっくら手伝えや」

 それは大規模な話だ。我躯斬龍だけでは足りず、剣道場にでもするのだろうか。

「いいけど、きーさんの方は頭数揃ってんの? 二百五十畳あんべよ」
「にひゃくごじゅう!?」

 城の依頼は初めてだったのか、紀一はその面積を想像して唸った。使いの隊士が「そこらの剣道場ぐらい」と言ったので五人いれば十分だと思ったらしい。さすがに五人では無理。
 時間勝負だからもっと人手が必要だと伝えると、日雇い人足を募集してくるといって早速すっ飛んでいった。

「人足ったって、番犬の本拠地に入りたがる奴ぁいないだろうな」
「アンタ! まだ終わってないの!?」
「あ、ごめーん。そうだ志麻、神代のじっちゃんが牡丹餅くれたよ」

 女房に包みを渡してまた石を削り始める。
 衛明館といえば現役時代の相棒が復職したばかりだ。よろしくやっているのかちっとも顔を出しに来ず、紀一の手伝いはいい機会だった。




 どうしよう。というか、どうしようもないのだが。
 そういった世界には無縁で知識も策略もなければ援護の術さえ知らない。そういった世界とは、つまり朝の……あれだ。
 祇城が勝呂と付き……どういったらいいのか表現に悩む。

 しかし考えてみれば二人には最初から接点があり、祇城が隠密衆に入ったのも勝呂の推薦みたいなものだったと聞いている。
 勝呂が長崎の出島で拾ってきた異国の少年。
 清からの貨物に紛れて乗っていたらしいが、本人は記憶喪失で船に乗った理由も故郷がどこかもさっぱり分からず、身分を証明できるものは抱きしめていた刀一本だけだった。全身痣だらけでボロ布のような服を身につけ、役人が連れて行こうとすると驚いて斬り殺してしまったらしい。
 それを見た勝呂が何を思ったのか彼を引き取った。

 というのが十七歳の時。自分の年齢だけは記憶していた。
 十九で入隊するまでの二年間は城下町にある勝呂の家で過ごしていたという。日本語と日本刀の使い方を学び、入隊試験を通して龍華隊へ。
 そう聞くと単純に思えるが、実際はいろいろと疑問がある。

「どうしたの。普段と変わらない顔だけど」

 縁側の隅で一人悶々としていると背中を蹴られた。
 普段と変わらない顔ならなぜ気づくのか。隣に腰を下ろした甲斐は至極当たり前のような態度で人の肩に肘を乗せ、耳に息を吹きかけてくる。

「女でも孕ませた?」
「……違う」

 そうだよね、といった視線が憎たらしい。

「ヤスのことだからうっかり他人の面倒事に巻き込まれて俺が解決しなきゃ、みたいに考えてたんデショ。たまには片棒担いであげようか」

 話が早くて有り難いくらいだ。
 だがしかし。
 人の秘密を喋るのは好きじゃない。そもそも自分が知らなかっただけで二人の仲は周知の事実ということも有り得るが、一体どこをどう掻い摘んで話せばいいのやら。

「お前は、祇城が入隊した時からあいつと仲良いんだよな」
「祇城? 良いっていうか、清語で話せる相手がおれだけだから自然に懐かれた」
「じゃあその、あいつの個人的な……友人関係、とかの」
「勝呂サンとの痴話喧嘩に巻き込まれたの?」

 いきなり懐に踏み込まれ、自分のことでもないのに恥ずかしい気分になる。
 やはりみんな知っているのだろうか。
 仮に周知だとしても世間話のようにぺらぺら喋る内容ではないのだが。

「知ってたのか。それなら」
「え、ホントに? あの二人ってそういう関係だったんだ」

 ───しくじった。
 上手いこと誘導されたのだと気づいた時にはもう遅い。

「それで何、仲裁して欲しいって? どっちから頼まれたの」

 人の気持ちなどまるでお構いなしに話を進めていくこの性格。相談相手に最適なのか最悪なのか、もはやすべてが博打だ。
 こんな事なら前もって甲斐に相談していいか祇城に聞いておけばよかった。
 ちらりと広間を見渡すと、祇城は普段通りの様子で隊士たちの輪に加わっている。今朝はずいぶん落ち込んでいたが、人前では動揺のかけらも見せない。大した精神力だ。

「頼むから内密にしてくれ。仲裁じゃなくて、なんで嫌われたのか知りたいらしい」

 場所が悪いので自分の部屋に移動し、今朝の経緯と祇城から打ち明けられた内容を話した。
 鼻返事で相槌を打ってばかりいる甲斐は、唐突に無関係なこと喋り出す。

「ねえヤス。祇城が清で何してたか想像つく?」
「え……いや、さっぱり」

 それと今の話と何の関係があるのだろうか。

「あの子、見せ物だったんじゃないカナ」
「……見せ物?」
「柳葉刀を持ってた。かなり人を斬ってる刀だ。鞘の中が血肉で錆びてた」

 しかし祇城が使っていたとは限らない。人の血とも限らないし、親の形見とか。
 そう言いかけて、彼の剣術を思い出した。
 勝呂に習ったのならもっとまともな刀さばきのはずだが、祇城のそれはどことなく感情のない、首の数をひとつふたつと数えているだけのような斬り方をする。
 巴も同じような類だが、彼の剣術にはきちんとした基礎が感じられた。瀞舟が師範なのだから当然といえば当然。では祇城の癖は勝呂によるものかといえば、そうでもないような。

「罪人の子供に刀を持たせて殺し合いをさせる。そんな闇商売が存在するんだってサ」




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