八.


「ッたぁ! なんやねん、ご挨拶やないか!」
「おー挨拶だ。これからよろしくな」

 着任早々、我躯斬龍で手合わせを始めた新隊長と班長二人。その儀式は皓司が復職した日にも見ているので目新しくはない。
 保智が目を疑ったのは安西の意外性についてだった。
 京橋で知り合った時の彼は子供によく懐かれていて、口はいささか乱暴だが仕草や声には父性的な愛情が感じられた。年齢に関係なく男の子には対等に、女の子には優しく。自分が言うのも失礼だが、およそ戦には似つかわしくない庶民的な人。

 しかし今の安西は無遠慮で、深慈郎が刀を抜く前に蹴りを見舞い拳で突き上げ、抜刀する隙も与えず胸倉を掴んで体落とし。さらには圧し掛かって抜き身を顔の横に突き立てた。深慈郎の耳の下から血が滲む。
 冴希に対しても女だからという手加減は一切なく、顔を殴るのも本気なら腹を蹴るのも本気。
 見ているこっちが冷や冷やした。

「お前ら、そんな隙だらけでよく班長やってるな。恥ずかしくねえの?」
「恥ずかしいとかの問題ちゃうやろ。班長や言われたから班長やってんねん」
「『言われたから』じゃねえだろ」

 安西の切っ先が冴希の喉元を掠め、紙一重で後退した彼女の首に今度は手が伸びる。首から押し倒して鳩尾に膝を乗せ、片手で冴希の両腕を封じた。

「入隊試験で新入りが班長に任命されるのは、そいつに早期向上の見込みがあると判断された場合だ。てことは何、お前ら入りたては今以下だったのか? よく死ななかったな。あーまわりがカスばっかの当たり年だったか」

 そう言って首を絞めていた手を離し、冴希の髪を掴んで仰け反らせる。

「優しい隊長さんに見込まれてよかったな。でも今日限りでおままごとは仕舞いだ」
「おま…っそんなんちゃうわ! なんも知らへんくせに!」
「その程度の腕で今日まで生きてきたことは褒めてやる。ついでに班長も続行させてやる。ただし俺の遠征でひとつでもヘマしやがったら即クビだ。いいな」


 まるで、別人。
 さっき広間で見た穏やかな笑みもなく、その横顔は終始冷徹だった。
 どうしても京橋の先生と重ね合わせることができない。むしろ先代に似ている。
 一方の面が作り物というわけではなさそうなところも。

「かっこいいなぁ……」

 え、と振り返れば圭祐が目を輝かせて安西を見つめている。かっこいいのは同感だが、それ以上の感想が上回る保智としては羨望よりも畏怖を覚えた。安西の剣技を見るまでもなく決着がついてしまったのだ。本気で刀を手にしたらどれくらい変貌するのか考えただけで恐ろしい。

「そんな顔しなくても、保智には害がないから大丈夫だよ」

 反対側では隆がにこにこと楽しそうに眺めていた。さらに隣では皓司が元部下に恍惚の眼差しを注いでいる。こっちは見なかったことにしよう。

「しかし……深慈郎たちは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫じゃなかったら辞職してもらう他ないね。それは安西さんが決めることだ」




 何やら騒がしい……いつものことだが騒音の発信源は我躯斬龍か。
 二階の自室で寝ていた甲斐は寝返りを打ち、もう一眠りしようと瞼を閉じる。だがいつもとは違った騒がしさに五感が研ぎ澄まされ、溜息をついて布団の中で腹ばいになった。枕元の煙管に火をつけると騒音が止む。一呼吸の静寂を経て、隊士達のどよめきが聞こえた。
 今さら何が起これば日々新鮮に驚けるのかと感心する。皓司の酔狂な振る舞いは見飽きたし、隊士達もいい加減に慣れただろう。
 カン、と火種を落として盆の上に煙管を置くと、ようやく布団から這い出る気になった。

 隊士達の足音が館内に戻ってくるまで布団を干して軽く畳を掃き、着替えて部屋を出る。
 階段を下りると興奮した顔つきの隊士が数人、廊下を通り過ぎていった。

「あらやだお寝坊さん。んもぉ、今スゴイものが見られたのに遅いわよ」

 地響きを轟かせて走ってきた剣菱が手招きしながら巨体をくねらせる。

「お前の顔以上に凄いものがこの世に存在するとは不思議だネ」
「何よアタシの顔が羨ましいの!? あ、顔といえばこれがまた美男なのよウッフフ!」

 下町のおばさんと話している気分になり、適当にあしらって広間へ向かった。
 新入り、というか新任の隊長が来たのか。
 さっそく手合わせとは熱心なことだ。すでに顔を合わせるのが面倒くさくなって───


「初めまして。虎卍隊二班長さん」

 階段の脇に人影が見えた瞬間、鍔鳴りと共に刀が飛び出てきた。避けたら柱ごと斬り倒しそうな一閃にこちらも抜刀せざるを得ず、狭い踊り場で寝起きの交戦になだれ込む。
 方々から集まってきた隊士達がまたぞろ騒ぎ始めた。本当に面倒くさい。
 中庭に翻ると足場にした燈籠がすぐさま真っ二つに砕かれ、乱れ打ちの洗礼。
 ここまで派手にやれば破損はお構いなしだ。甲斐は防戦から攻撃に切り替えて踏み込んだ。

「お二人共その辺でおやめなさい」

 広間で見ていた皓司が止めに入った頃には中庭の石という石が破壊され、砂利は縁側を越えて室内にまで飛び散り、障子や小窓はどこもかしこも穴だらけになっていた。庇の瓦が割れて宏幸の頭に落下する。

「初めまして、新任サン。ずいぶん乱暴ですネ」
「元・紅蓮隊二班長の安西だ。先輩後輩のよしみで仲良くしようや」
「麻績柴です。よろしく先輩」

 いきなり喧嘩腰で挨拶される理由が分からない。元からこんな性格だから我躯斬龍でも暴れていたのだろうか。そんな風には見えないが。

「俺がここに来た時、隊士が呼びに行っただろ。何で来なかった?」

 ああ、それでお怒りだったのか。

「来て欲しかったんデスか」
「いや全然。虎卍隊の二班長になるつもりで来たから在籍者がいるとは思ってなかった」

 皓司が甲斐を呼んで来いと部下に指示していたのを聞き、別の赤襟隊士が班長は絶対来ないぞと囁いていたので一班長のことかと思えば、挨拶中に宏幸が一班長だと名乗った。
 とすれば呼んでも来ないもう一人の赤袖が二班長で、なぜ来ないのか知りたかったのだという。

「すみませんでしたネ。どうにも眠くて」
「寝起きか。それで手応えがなかったんだな、こちらこそ失敬」

 挑発のつもりか知らないが、相性が悪いことだけはよく分かった。




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