七.


 広間に入ってきた時から、どこか只者ではない気配を感じた。
 ゆったりとした足取りながらも颯爽という言葉がよく似合う。隊士の平均身長が高いだけにそれほど長身ではなく筋肉質でもないようだが、隆や皓司が持っている浮世離れした雰囲気をこの男からも感じた。会話から推測するに二人の旧知らしく、とすれば三十前後だろうか。
 優男というには甘すぎず、男前というにはむさ苦しさもなく。一見どこにでもいる兄ちゃん風。

 おまけに圭祐とも知り合いのようで、彼に見せたあの微笑───破壊的だ。
 だが待てよ、と宏幸は一人思案する。
 思い起こせば自分が入隊した日、似たような笑顔にまんまと騙されて翌日滅多斬りにされたではないか。理想と現実がどれほど違うかを一夜にして教えてくれたあの野郎。今頃部屋でぐーすか寝ている鬼畜のことだが。

 あれ以来『理想のお兄さん』などこの世にはいないのだと考えるようになった。
 隆は好きだが別に優しいわけでもなく、兄というよりは心の師匠として尊敬する。皓司も好きだがこちらは突き刺すような主従愛を惜しみなく注いでくれるので、時々自分のことが嫌いなのではと疑ってしまう。ゆえに兄というよりはそのままアメムチの上司だ。
 『理想のオヤジ』なら先代・浄正が筆頭にあがるのだが、魂が求める癒しはあくまで『優しくて美人のお兄さん』であり浅黒い肌のいかついおっさんではない。
 ちなみに『優しくて美人のお姉さん』は沙霧ただ一人。こんな姉貴が欲しかった。

(けっ。どーせこの安西某も明日には化けの皮が剥がれんだろ)

 内心そう毒吐いて自分の世界から戻ってきた宏幸は、危険なものでも発見したかのような目でちらちら見てくる隣の保智に気づいて無言で睨み返した。



「んじゃまあ、改めて。犬小屋の魔王に一個隊を任されました安西 (ゆう)です」

 いきなり皓司を魔王呼ばわり……だがどこぞのチンピラと違って不思議と腹が立たないのは安西の飄々とした態度のせいだろうか。
 下座のお祭り隊士達も肩透かしを食らって呆気に取られている。

「何せ古い人間なので誰も知らんでしょうが、十年前まで紅蓮隊の二班長を務めてまして、この魔王は昔の上司に当たります。俺の方が先輩だけどね」

 いきなり語尾を崩してお茶目演出……腹が立たないどころか妙な期待に胸が膨らんだ。
 下座のお祭り隊士達も肩を外してちらほら笑い声を立てている。

「そんなわけで組織の事は大体分かってますし、衛明館の案内も不要です。隊士の顔と名前は生活の中で把握していくんで、積極的に名乗ってもらえれば助かります」
「虎卍隊一班長、高井 宏幸っス!」

 条件反射で口と手が動いてしまう己の抑制力のなさを恨んだ。

「さっそくありがとう。虎卍隊ってのは紅蓮隊の後継ですね。よろしく高井さん」
「“宏幸”でお願いします!」
「じゃ宏幸。よろしく」

 今度こそ自分に向けられたこの微笑───脳みそが沸騰する。
 今まで隆と皓司こそ大人の男だと思っていたが、これは記録更新か。早く腕前の方も見てみたいものだ。あとで手合わせを申し込もう。




 威勢のいい金髪小僧はさておき、龍華隊といえばたしか緑。
 安西は下座を見渡して全隊士の顔を一巡した。
 赤は昔に比べてチンピラが増えた。青は相変わらず隊長に振り回されてそうな人間が多い。
 そして自分が預かる緑は、かつて煙狼隊の名で本条 司が率いていた精鋭軍。
 司の後釜が女だてらに人間離れした隊長だったというのは聞いているが、自分の前任が一年足らずで辞退したのなら、今の隊士はその女隊長が鍛えた顔ぶれというわけだ。
 どんな人間が隊長になるかで隊の持つ雰囲気や覇気はがらりと様変わりする。
 にもかかわらず、司が率いていた頃とほとんど変わっていないのには正直驚いた。

(これなら班長も安泰だな)

 稀にろくでなしの隊長やら班長が据えられることも多い隠密衆とはいえ……

(……あれ。緑の班長って)

 隊服の袖にも色が入っているのが班長のはず。

(変だな。昔とは規定が変わったのか?)

 さっきの金髪小僧も一班長と名乗り、赤袖の服を着ている。圭祐は隆の班長だと以前紹介され、たしかに青袖だ。地味すぎてどこにいるか分からなかったが圭祐の彼氏、いや相方の保智も青袖。初対面の時とまったく同じ景気の悪い顔。



「どうか致しましたか、安西さん」

 唖然として黙った自分に、皓司が殊更涼しい声で尋ねてくる。
 なるほど、なるほど。

「あんたの計画が読めましたよ。一体何年あのまま放置してたんです?」
「おや気づかれてしまいましたか。私も一昨年戻ったばかりの身ですので詳細は存じませんが、ざっと三年ほどでしょうね」
「殿下は何してたんですか」
「えー俺は氷鷺隊の隊長ですよ。他所のことはお門違いです」

 話にならない。
 圭祐の隣に並んでいる緑袖の二人に近づき、腰を落として目線を合わせた。

「班長のお二人、お名前は?」
「あ、二班長の外山 深慈郎と申しますっ。よろしくお願いします!」
「一班の椋鳥 冴希や」
「よし、坊ちゃんとお嬢は今から我躯斬龍へ行こう」

 きょとんとして顔を見合わせた二人の襟首をつまみ上げ、さっさと立たせて押し出すように広間を出る。廊下に置いてある自分の荷物から刀を抜き取ると、それまで黙っていた浄次が慌てて呼び止めた。

「おい、勝手な真似をするな。まだ隊名も決めてな……」
「んなのは風呂入ってる時にでも考えますよ。ヒマなら沸かしとけ坊主」

 阿呆に構っている時間はない。
 予想外の課題が待ち構えていたのだ。
 組織に戻れと頼まれ、皓司の隊の班長に戻る気で乗り込み、いざ来てみれば隊長役。
 そればかりか、お子様班長の世話係までちゃっかり用意されている。
 真意は後者にあったわけだ。
 単なる隊長の補充なら自分でなくとも選択肢はあったのだろう。

 つくづく皓司の育て方を間違えたかと思う反面、退屈嫌いの自分に見当違いの面倒を笑顔で投げ寄越す根性は見上げたものだ。
 こちらも期待に応えてやらなければ対等じゃない。




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