四.


 浄次はあきらめて外まで出てこなかったのか、振り返ると衛明館だけが騒々しい。一番騒々しいのは自分だということを棚に上げ、梓砂は我躯斬龍へ足を向けた。朝は誰かしら使っていることが多い。

「ともぴーあたり、あっちにいるかもしんないわ」

 挨拶回りをしているようで、実態は梓砂のいうところの「イケメン」を探しているだけだった。再会したら何をしてやろうかと考えている時、正面から二人の人影が近づいてきた。その片方、臙脂色の襟の隊服と鉢巻を見て取ると、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて走って行く。

「きゃーっ甲斐くんっ! あたしのダーリ〜ンッ!」
「おや、梓砂ちゃん。久しぶりだネェ」

 甲斐が顔を上げると、梓砂は振袖を広げて飛びついた。横でもう一人が驚いたような声を上げたが、梓砂は気にもせずに甲斐の腰にしがみついて頭を預ける。その頭を撫でながら、甲斐は女殺しと言われる甘い声で囁いた。

「帰ってくるなら連絡くれれば迎えに行ったのにナ」

 たとえ相手がオカマであっても、外見と中身が審美眼に適うなら許容する人間である。梓砂は顔を上げてぷうっと頬を膨らませ、甲斐の肩にかかっている鉢巻をいじった。

「だって驚かせたかったんだも〜ん。今度は連絡するから、下野までお迎え来てくれる?」
「ご所望とあれば地の果てでも行きますヨ」
「もぉっ、甲斐くんったら女の弱いトコばっかり突くなんて、い・け・ずぅ」
「ちょちょちょ、ちょっとあんた何やのさっきから!!」

 甲斐と梓砂がべたべたと馴れ合っている中、横で呆然と突っ立っていた冴希は八重歯をむき出して梓砂の腕を掴んだ。

「すっごい馬鹿力ぁ〜。腕が折れちゃうじゃない。なぁに、この田舎くさい女の子。まさか今年の新人〜?」
「田舎くさくて悪かったな! 自分こそ何やの、こんな場所でド派手な振袖なんか着くさって」
「甲斐くん、犬小屋に行きましょ。お風呂入る? そしたらあたし背中流してあげるわん!」

 梓砂は冴希の腕を振り払って甲斐の手を取り、来た道を引き返す。
 冴希は手に持っていた大刀をがしゃりと地面に叩きつけ、地響きがするほど大声で怒鳴った。

「待ちぃや! 甲斐くんはうちと稽古してたんやで!」
「あ、そぉ。でも我躯斬龍から戻ってきたってことは、もう終わったんでしょ? 違うチームなのにちょっとずぅずぅしいんじゃないの? 甲斐くんだってホントは迷惑かもしんないのにさぁ」

 甲斐の腕に抱きつきながら、冴希の服を上から下まで眺め回した。甲斐は臙脂色の襟、冴希は新緑の襟の隊服。襟と鉢巻の色は隊によって異なり、違う隊だという事は一目瞭然なのだ。冴希が何も言い返せないでいると、梓砂は勝ち誇ったように髪を弾ませて向き直り、甲斐の腕を引いて歩き出す。

「冴希ちゃん、お疲れ様。今朝教えた技はあまり使わないようにネ。危ないから」

 甲斐は一寸立ち止まって振り返り、微笑して冴希の足元の國守を指差した。


 衛明館に戻る途中、梓砂はぴったりと腕にくっついたまま甲斐を見上げた。
「あたし甲斐くんにホレ直しちゃったわん」
「どうして?」
「だって〜、あの田舎くさい子と言い合ってる間、一言も口挟まなかったじゃない。そーゆーとこがオトナの嗜みなのねってカンドーしちゃった」

 甲斐は笑って髪を掻きあげ、相棒が聞いたら即座に突っ込みが入りそうな台詞を平然と言う。

「女の子同士の喧嘩は可愛いから黙って見ていたくてネ」

 正しくは少女とオカマの口喧嘩だったが、女の子として扱って欲しいという梓砂の意向を存分に汲んだ言葉だった。梓砂が男でなくとも、喧嘩っ早くて男勝りな冴希よりはたしかに美少女なのだ。幸か不幸か、真の女に生まれたはずの冴希は、色気などとは程遠い性格であった。



「ねねっ、そこに立ってる彼、あたしが帰ってくるたんびに不在だったマサキちゃん?」

 ふいに梓砂が立ち止まり、衛明館の脇に立っている祇城に気付いて甲斐の袖を引っ張った。祇城は手に草を握ったまま無言で立ち尽くし、不審そうな顔で甲斐を見ている。

「……麻績柴様の恋人ですか?」
「いきなりそう来るカナ」
「やっだ、超かわいいポニーテールぅ! あたし神宮梓砂よん。ヨロシクね、マサキちゃん」
「龍華隊の久遠祇城です」

 普段はおろしている髪を後頭部で結っている祇城は、梓砂に髪をいじられながら無表情で答えた。

「祇城、手に持ってるそれ何? おれの見間違いじゃなければ大根だと思うんだケド」
「大根です」
「大根がどぉしたの?」

 梓砂は祇城の手元を見ると、草の下に白いものがぶら下がっていた。土がこびり付いている。

「衛明館に畑なんかできたの〜? ダッサーい」
「庭です。南の庭からこれが出てきたので、どうしようかと思っていました」

 祇城が大根をずいっと差し出すと、甲斐は上体を逸らして受け取るのを遠慮した。梓砂は大根を眺めて首をかしげ、手の平を打ってから今度は祇城の腕を取る。

「さーちゃんに大根料理作ってもらうってどぉ!? マサキちゃん、それ持ってさーちゃんとこ行きましょ」
「さあちゃん?」

 強引に衛明館の中に引っ張られながら、祇城はまた聞きなれない日本語に戸惑った。

「さあちゃんって何ですか」
「んもぅ、龍華隊ならマサキちゃんの上司でしょっ。甲斐くん、お風呂の時は絶対呼んでね!」

 梓砂は袖をつまんでひらひらと振ってから、大根を持ったままの祇城を引き連れ、再び衛明館を掻き乱しに戻る。



戻る 進む
目次


Copyright©2002 Riku Hidaka. All Rights Reserved.