我輩はネコである


四、


 他人の手扱きで一発昇天。
 宏幸は己の一物を呪い、相棒の手業を呪い、腹に散った不覚の代物を呪った。
 髪切りを頼んだくらいでこの屈辱の仕打ち。……鬼だ。

 両脚を肩に担がれたまま放心している宏幸の股の間で、鬼の相棒はモナリザの微笑みを浮かべた。口元は笑っているが目が笑っていない、不吉な微笑。その禍々しい微笑にさえ見惚れて鼓動を打ち鳴らしている自分は一体何なのか。
 美女は好きだ。胸と機会があればいたしたい。
 だが美男は性格のいい、ぶっちゃけ優しい美男でなければ嫌いだ。
 というのも五人兄弟の末っ子長男で四人の強暴な姉に囲まれ、男の兄弟がいなかった。故に同性は「お兄さん」的な存在に大層惹かれる。隠密衆に入隊して甲斐と顔を合わせた時、最初はその「お兄さん」的な人だと思ったものだ。

 が、現実はそうそう甘くはなかった。


「大丈夫、ヒロユキ?」

 凶悪なモナリザが無理矢理な体勢で身を屈めてくる。

「だ、だいじょーぶじゃねえよ鬼畜生! さっさと退け!」

 腹筋を駆使して上体を起こすには厳しい体勢だった。甲斐の首っ玉でも借りれば起きられるが、そうすると今以上に素晴らしい体勢になる。

「元気で何より。本番前に消耗されちゃ困るしネ」
「人の話を………て、おい。おいコラ待て甲斐っ」

 担がれている脚を自分より細い腕にがっちりと固められ、上半身どころか首と腕しか自由が利かない。首を持ち上げ、腹の上で為されている事を阻止する為に相棒の手首を掴んだ。ぐるりと一周する手首に少々萌え───ている場合じゃない。

「俺の種をどーする気だよ?」
「俺の種って……もう死んでるヨ」
「そーじゃねえ! お前バカか!」

 白く濁った不覚の代物を、甲斐の細長い指がついと掬い取る。

「バカなのはお前だよ。ヒロユキ」

 台詞は頭に来るが、それを語る顔が憎たらしいほど妖艶で。
 何故このテの顔に弱いのだろうと肩を落とした時、下肢がぞわりと戦慄いた。
 塗りたくられた不覚の代物の滑りに乗じて、何かが何かを……何かだ。

「……っあ……」

 うっかり口走った微かな喘ぎに、宏幸は自ら目を剥いて口を封じる。
 おそるおそる見上げてみれば、そこには燦然と輝く───鬼の冷笑。

「いい声で啼くネェ、ヒロユキ。もっと聴かせて」
「だっ、だぁほ! キモいんだよっ!」

 絶対に血迷っている。きっと酒に毒でも盛られていたんじゃなかろうか。
 自分と違って素行の悪い甲斐なら、誰に恨まれていても納得できる。毒のひとつやふたつ、食後の酒に盛られて当前だ。道理だ。こんな鬼は毒殺が一番だ。

「そんなことないよ。切なげで、つい無理や……」
「だからおめーがキモいんだよ!」

 もはや殺意すら芽生えてきた。しかし、この体勢では何もできない。

(クソッ、前髪が鬱陶し……前髪……前髪?)

 甲斐が先刻いけしゃあしゃあと抜かした言葉を思い出す。
 『中払いでも頂こうかと。前髪はその後で』
 そう言って、短刀を隅に置いたはずではなかったか。
 ちらりと右を向く。剥ぎ取られて放置された帯のそばに、剥き出しの短刀が転がっていた。しかしこの体勢では以下略文。何とか背中をずらして手の届くところまで動かねばならない。
 一世一代、宏幸は捨て身の覚悟で腹を括った。


「甲斐……大人しくするから、さ。ちょっとだけ体勢、変えね……?」

 従順さを見せれば鬼の角も削がれるというもの。
 自分で演じておきながら総毛立った神経を叱咤し、宏幸は上目遣いに相棒を見上げてテヘリと笑った。我ながら可愛い笑顔が作れたと思う。

「な……? 俺、この体勢だと腰が痛ぇよ」
「それは失礼。これなら痛くない?」

 脚を下ろしてもらえるのかと思えば、甲斐は掴んだ膝を畳み込むように折り曲げて完全に圧し掛かってきた。それでは余計に動けない。なんと鈍い奴かとキレそうになる自分を抑制し、宏幸はさらに猫撫で声を発して鳥肌を立てる。

「も、もっとこう、二人で動きやすいのが……いい、っかなーなんて」
「なら、おれの上に跨って喘ぐ?」
「誰が喘ぐかっ! このまんまじゃ届かねんだよ!」

 ───しまった。
 甲斐の唇がゆっくりと弧を描くのを見て取ると、宏幸は本気で涙を浮かべた。
 舌舐めずりでもするかのように、紅い舌が鬼の口腔の中で翻る。

「刀を振り回す余裕があるなら、いつでも取ってあげるよ」
「いや、あの、待……っ」

 「た」の静止も聞き届けられず、甲斐の一物が容赦なくマル秘を突き破った。

「あ゙ぃ…───うぇっ…お、あ……あだだだだーッ!!」

 切れ痔どころの痛みではない。切れ痔になった事などないが、遠慮のかけらもなく抽送される強烈な痛みに、宏幸は白目を剥きかける。対する甲斐は何がそんなに嬉しいのか、欲しいものを手に入れてご満悦の悪代官のような表情だった。少なくとも宏幸にはそう見えている。

「ヒロユキの中、熱くて生々しいね」

 耳元で囁かれ、頬傷を舐められ。
 真上から恍惚の微笑を注ぐ鬼畜生に、天罰よ降臨あれ。

「かっ……このっ……でっ!」

 出る……何が出るのか考えるのも恐ろしいが、何かが出そうだ。
 内臓だとか大だとか……ともかく正体不明の何かが引き摺り出されそうで、それがマル秘のピーから飛び出そうになる度に口から呻きが迸る。

「気持ちいい?」
「いくねえよ!! 俺よりちょっと、背ぇでか、いっ……から、てっ」

 痛みが高じて日頃の嫉妬に走り出した自分が不憫でならない。

「俺よりちょっ……手が、でか…っら…ってぁ……ッ」

 その手が、脂汗を滲ませた額を愛撫するように頬へと滑る。しかし鬼の細腰は止まる事を知らず、脳天を突き上げるような激しさで体内を蹂躙していた。
 ばかりか、首と言わず胸と言わず吸い上げては俺印を植え付け、こちらの根元はちゃっかりガードで握り潰している。出るものが出そうで出ないのはこのせいだ。


「他には? ないならそろそろイかせてあげようか?」
「〜〜〜ッちょっと美人だからって調子こいてんじゃねぇよ!!」
「じゃあ、一緒にイこうか」
「じゃあの意味が分かんねーし!」

 半狂乱になって肩を掴むと、人を脱がせても自分は脱がない甲斐は愛しそうに笑って───宏幸にはやはり魔性の微笑みとしか思えない───唇を重ねてきた。

「イかせて欲しかったら、ヒロユキからもキスして」

 自惚れもここまで来ると天晴れだ。
 宏幸はなけなしの反骨精神を振り絞り、舌を突き出して言い捨てた。

「……ふん。ヤーダにゃー」

 なけなしの反骨精神こそが、相棒の嗜虐性に拍車を掛けるとも知らずに。



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