我輩はネコである
三、
「ま……待った! ちょ、マジ! 待てっつの!」
舌だけは回っているが押さえ込んだ身体は無様に硬直し、いつもの宏幸らしかぬ慌てぶり。遊び相手には望ましい反応だ。相棒に性的な目を向けた事はなかったが、ここまで面白い反応をしてくれるとは想定外だった。
「準備が必要なら、いくらでも待ってあげるヨ」
「なんの準備を……じゃねーよバカ! 脱がすなっ!」
身近で済まそうとしてくれたからには、こちらも身近を利用するまで。
甲斐の尻に悪魔の尾が生えた事など、宏幸には知る由もない。
否、身を持って知る羽目になった結果がこの有様だ。
「お、おおお俺はな! てめーなんか……なんかっ……」
「耳まで赤くなっちゃって」
剥き出しにした腕をするりと撫で、耳朶に生温かい息を吹きかける。
「……っのぁああ!!」
にわかに鳥肌立った首筋へ舌を這わせてみれば、自分の胸の下にある宏幸の心臓が一際盛大に鳴り出した。性感帯の分かりにくい相手はそれで攻めがいがあるが、こうも分かりやすい相手はまた退屈しない。
この世は弱肉強食。
隠密衆も弱肉強食。
パートナーシップも弱肉強食、だ。
「嫌なら跳ね飛ばしてみたら? ほら、左手は自由にしてあげてるし」
宏幸の右手首は押さえつけたままで、甲斐は自分の右手を顔の前に掲げた。
「それにおれより体格もいいしネ。腕力も筋力も自信あるでしょ?」
「ったりめえよ! 見てろ、細腰ヤロウ!」
餌食になってたまるかと捨て台詞を吐き、宏幸は色気のない掛け声と共に甲斐の胸倉を掴んで押す。勢いをつけてエビ反りになった拍子に顔が接近すると、慌てて中途半端な角度に戻った。
「ふぬら……ッ」
「食い縛ってる顔も可愛いヨ」
エールを称え、宏幸の頬傷に唇を。
「…………んがッ」
「苦しそうな顔も結構そそるネェ」
反り返って上下する喉仏に、唇を。
「……ッ! ………ッ! 〜〜〜〜ッ!」
「なかなか綺麗に割れるもんだ」
力んで割れた腹筋の上にも、唇を。
「今から括約筋を鍛えてくれるとは嬉しいネ」
「てめぇのクチが憎たらしいッ!!」
身幅も筋肉も上回るくせに、力を直に使おうとするから無駄に終わる。身幅がなかろうと筋肉が盛り上がるほどでなかろうと、力は使い様だ。
僅かも押し退けられなかった甲斐を屈辱の眼差しで見上げる宏幸の目は、心なしか潤んでいるように見えた。
甲斐に装備されている幻の耳と尻尾が、機嫌良く天を向く。
「さて、と」
今にも泣きギレしそうな宏幸の髪を殊更に優しく梳いてやると、噛み締めている唇の隙間から唸り声がした。それも愛嬌、などと勝手に解釈した甲斐は、宏幸の頬をぴたぴたと叩いて微笑する。
「茶番はこのくらいにしようか」
「ぬぁにが茶番だ! 俺のテーソーがかかってんだぜ!?」
そのテーソーとやらを早くご馳走になってみたいものだと、宏幸の帯を一息に抜き取った。すでに結び目が解かれていた事に気付いていなかった宏幸は、抜き取られた帯と甲斐を交互に見遣って口を開閉する。
そんな手業に逐一驚く相棒は、いつもどうやって女を抱いているのだろう。つい下世話な心配を働いてみたが、すぐにそんなものも無用になると考え直して宏幸の腕から袖を抜き取った。
途端、相棒の口が妙に静かになり、手を休めずに顔を覗き込む。
「大人しくなっちゃって、どうしたの」
「………っ」
爆発寸前の顔が恨めしそうにそっぽを向き、甲斐の腕を掴んでいるだけの手が小刻みに震えた。
宏幸の心境は分からないでもない。
だからこそ止めるわけにはいかない甲斐は、腰に手を這わせながら唇を掠め取り、歯列の隙間に舌先を捩じ込んだ。
「んぅ…っ……」
おや、と感度を探ろうとしたのも束の間───
「……モフーッ!!」
まったくもって萎える呻きが、重なりの隙間から漏れ出した。少しは色気のある声が出せないものか───それをこの宏幸に求めるのは、天地が逆さになっても無理な話である。萎える部分はマインドコントロールで補うしかない。
何より、真の目的は宏幸の官能的な姿態拝見ではない。
宏幸とのパートナーシップに必要不可欠な、弱肉強食の赫々然々だ。
ぺろりと下唇を舐め取り、健康的な色をした胸の上の突起を吸い上げる。
「ぬはぉっ」
何も聞かなかった。
「引き締まってて美味しそうな肌だネェ。焼いたら」
「そっちかよ! ってか、おまっ……うまっ…ま、ままままッ!」
脱がしかけの下半身に触れた瞬間、甲斐は内心ニタリとほくそ笑んだ顔を表面では取り繕い、宏幸が悶絶する微笑でもって両脚を肩に担ぎ上げた。
「気持ちいいんでしょ? カラダは正直なくせに」
「きも……っつ、か……何だこの体勢はーッ!?」
「正常位」
「んなこた知っとるわ! ちげーよ! お前が俺に挿れんのかよっ!」
何を今更。
腰を押し当てながら膨れ上がった相棒の一物を扱いてやると、胸倉を握り締めた宏幸がわなわなと唇を震わせて一心に訴えかけてくる。そんな訴えは微笑ひとつで一斉掃射。
「もっと気持ちよくしてあげられる自信はあるヨ」
しかしこの期に及んでもさすがは相棒───訴える目と口は別物だった。
「ッ…んな自信は…べぁっ、便所に…捨てやが…が……ッうぃいっ!!」
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