三十八.



 遊女の子供は大半が堕胎されるが、中には生まれて育つ者もいる。女であれば強制的に遊女とされ、男であれば若い衆に入れられる。
 とはいえ男も女も郭に生まれれば器量の良し悪しが大きく関わってくることから、巴の容姿では若衆よりも使い道があっただろう。見世にしてみれば降って湧いた小判のようなもの。

 八歳だと教えられた時から年を数えてきたと言うが、天和二年に生まれた巴は実際には五歳だったわけだ。その頃から器量を認められ、男娼となるべく育てられた。
 巴の立ち振る舞いは女のようだとは思わないまでも、どこか品があるように感じる。
 座り方や立ち方、食べ方、物の扱い方。どれもが徹底的に躾けられた作法。武家や商家の男子に躾けられる域ではない。
 てっきり斗上の家で身につけたものだとばかり思っていたのだが。


「でも十歳でお父さんに引き取られたなら、色町では働かされなかったんだろう?」

 戸籍上の十歳であり、世間的には十三。男娼なら適齢期だ。
 売り物にされる前に実父が助けてくれたと考えれば良い親父ではないか。
 それを巴は、入隊時に「家族はいない」と言った。斗上の家にいたことも当時は知らず。

「親父さんとはウマが合わなかったんスか?」

 すでに朝食を平らげて楊枝を咥えている宏幸が口を挟むと、巴は曖昧に頷いた。

「合わなかったというか、馴染めなかった」
「あー。今まで顔も知らねえ奴にいきなり親父名乗られて家族の輪にぶっ込まれたんじゃ、そりゃ居心地悪いっスね」

 宏幸ならその状況でも何ひとつ問題なさそうだが、人一倍他人との付き合い方が下手な巴は普通の生活も家族の団欒も戸惑う一方だったのかもしれない。
 しかし引き取られて一年も経たずに『失踪』。
 これは家出と判断していいんだろうか。
 馴染めない理由だけで、郭育ちの子供が知らない土地へ飛び出すものか?

「その家で、何かあったのかい」

 異母や異兄弟の存在など確執は山ほどあったとは思うが。

「実父に陵辱されていたのでしょう」

 答え難そうにしている巴に代わり、皓司がとんでもない発言をした。
 広間が急速に温度を失ったように静まり返る。

「世間体には『不幸な子供を引き取った善人』としか映りませんし、評判も上がります。その裏では巴を玩具のように扱い、引き取りにきた時の“父”と名乗る人物とはまったくの別人だったと知れば誰でも逃げたくなりましょう」


 隆はしばらく開いた口が塞がらなかった。
 瀞舟から聞いたのだと言う皓司は、また瀞舟も巴の口から直接聞いたわけではないという。拾った子供があまりにも奇妙なので自らの足で調べたらしい。

「巴。言葉を濁しても余計な詮索をされるだけですよ」

 自分の過去を他人に喋られることほど不愉快なものはないが、当人には申し訳ないと思えど本当のことを知りたい。
 好奇心ではなく、巴という人間を理解する為に必要な判断材料だからだ。
 ここは皓司に喋らせておこうと打算が働き、それに気づいたのか皓司もあえて喋り続ける。

「真っ当な人間として扱われてこなかった巴がどれほどの世間知らずかは、皆これで理解できたはずです。だからといって免罪符にはなりませんが、幼少期の刷り込みを完全に払拭するのは無理でしょうね」
「刷り込み……」

 復唱した宏幸が首を捻ると、足りない脳を補うように甲斐が説明した。

「一から十まで言われた通りにする、自己主張しない、他人に干渉しない、発言は求められるまで禁止。ヒロユキだったら三日で病死だネ」
「おめーだって同じだろ! てか、詳しいな。食ってきた経験?」
「そんなつまらない女は買わないヨ。長崎の丸山を見て育ったから。あそこの女の子は下働きでも人体実験の産物かと思った」

 例を挙げればもっと細かく教育されただろうが、巴のおとなしさや心ここに在らずといった雰囲気はたしかにそういう影響が反映されたものだと妙に納得する。
 ごく稀だが日常で自分から話すことがあるのは斗上の家の影響か。黙りっぱなしではあの瀞舟が見過ごすわけもない。

「他人を軽視しているわけではないのに、干渉する事を禁じられた洗脳から人との接触を最低限にする以外に方法を知らなかったのでしょう。任務についても口上で命じられた事のみ。わざわざ隊士を守れとは言いませんからね」
「難しいねえ……。組織にいればおのずと分かってくるものじゃないのか」
「殿下のようにおめでたい脳をお持ちでしたら巴の人生も違っていたでしょう」
「皓司みたいによく回る舌を持ってたら今頃は巴が衛明館を牛耳ってるよ」

 双璧のくだらない小競り合いに嘆息した圭祐が手を打ち鳴らし、注目を集めた。

「青山さんの性格の謎も解けたことですし、これからはみんなで彼の不足を補っていきましょう」
「お圭さんに一票!」
「お圭さん素敵ッ!」

 虎卍隊の野次は無視して巴に近づき、その手を取る。

「だから青山さんも努力して下さいね。まわりの人を知ろうとすること、距離を置かないこと。思ったことはどんどん口に出して下さい。それが人に誤解される言葉でも、またこうやって話し合えばいいんですから」

 あともうひとつ、と付け足し、圭祐は思いっきり巴を抱きしめた。
 周囲の隊士が一斉に様々な感情を織り交ぜて絶叫を上げる。

「一日一回、ぎゅってさせて下さい。時と場合によっては平手打ちも」


 巴はその理由を聞かなかった。
 聞けなかったのだろう。
 言葉にならないという感情が自分の中にもあることを噛み締めているようだった。





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