三十五.



 死んだ人間が生きている不思議よりも、圭祐の言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
 どうして見限られなかったのかと。自分だけ生かされたのかと。
 皓司は結局その答えを教えてくれなかった。

「意味を理解しようと…してるんだけど……」

 何から考えればいいのか分からない。
 周りに人がいるのにいないかのように振舞う自分がいけないのだと瀞舟は言い、その意味は分かった。自分が人に興味を持たないせいだ。そういうのはいけないことらしい。
 あとは───全て分かった気がしたのに、記憶が断片的で思い出せない。

「分からないなら聞いて下さい。いつの出来事の何が分からないんですか」
「……圭祐が、いま怒ってる理由」

 自分が無知だから怒られているのは分かるが、そこまで自分を気にしてくれるのはどうしてなのか。圭祐と隊が同じでもなく、普段から親しかったわけでもなく。

「圭祐が佐野に、俺を連れて逃げろって言った理由」

 上総の遠征に行く前、圭祐は自分とは別行動をすると言ってなかったか。
 それなのに自ら盾になり、自班の隊士だけじゃなく自分のことまで考えてくれていた。
 佐野にも怒られた。なんで圭祐の気持ちが分からないのかと。


「仲間だからに決まってるじゃないですか」

 仲間───それだけの理由で。

「毎日一緒に暮らしてた人の死を『仕方ない』で済ませる青山さんにすっごく腹立ちました。でも嫌いだとは思わなかったです」
「なんで」
「人を嫌いになるのは簡単だから。簡単にできることは、つまらないじゃないですか」

 それを悟りというのだろう。
 圭祐のような考え方ができる人間は滅多にいないと思う。

「青山さんが好きな人って誰ですか?」
「え……?」
「尊敬してる人とか、一緒にいて楽しい人とか、恩義を返したい人とか」

 恩義なら、自分を拾って育ててくれたあの人が真っ先に思い浮かぶ。

「瀞舟様、かな」
「じゃあ瀞舟様が悲しむようなことは絶対したくないですよね?」
「……うん」
「仲間を見捨てて平然としてるあなたを見たら、あの方が傷つくと思いませんか?」

 ストン、と何かが自分の中に入ってきたような気がした。


 傷つけた、のだろうか。
 ただ教えて欲しくて答えを求めただけで、そんなつもりは微塵もない。

 傷ついた、のだろうか。


「人を守るって、そういうことなんですよ」

 自分の中に入ってきた何かが少しずつ膨らんでいく。押し潰されそうな、焼けるような。
 ふと瀞舟の顔が脳裏に浮かんだ途端、目から涙がこぼれた。
 今まで経験した苦しさや辛さの非ではない、とてつもない絶望と恐怖。

 これが苦しいということ。

 これが悲しいということ。

 これが傷つくということ。



「隠密衆は幕府を守る、幕府は民を守る。そんなのは名目です。ひとりひとりが何かを守って、それがたくさん寄り集まってはじめて形を成すものに過ぎません。隠密衆は誰が守るのか?僕たち自身ですよね。みんながお互いに助け合ったり理解し合ってはじめて、隠密衆っていう形になるんでしょう?」

 ここにいる目的は人それぞれで、全員が同じものを守っているわけじゃない。
 でも守りたいものがあるからここにいる。
 それは人の肉体に限らず、時に心だったり魂だったり、存在意義だったり。

 自分を守るというのは人を守ることから始まる。
 人を守るというのは自分を守ることから始まる。
 どちらか一つでは駄目なのだと圭祐は言って、頬に手を当ててきた。

「青山さんて普通じゃないなぁとは思いますけど、性根の腐った馬鹿とは違うし傍若無人ていうのもちょっと違うような、体は大人なのに心が赤ちゃんみたいなところありますよね」

 ……返しづらい。

「だから斗上さん達がほっとけなかったんだと思います。僕も同じです」
「圭祐も……」
「そういうことなので、謝って下さい」

 言われたことを全部理解して消化するのに必死で、すぐにはできなかった。
 これでは謝る気がないと思われてしまう。早く、言わないと───

「青山さん?」
「あの……ごめん、どう謝ったらいいのか…」

 笑顔だった圭祐の顔がぴくりと引き攣る。
 また、怒らせてしまった。
 そう気づいた時には両頬を思いきり引っ張られ、頭突きを食らわされていた。


 暗転。




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