三十四. 多忙のジェイに代わって診察に来てくれたエルを玄関先まで見送って戻ると、巴の寝顔を覗き込んでいた隆にちょいちょいと手招きされた。 「目が覚めそうだよ」 「本当ですか。よかった」 やっと巴と話ができる。圭祐は障子を閉めて隆の隣へ腰を下ろした。 皓司の暴露から始まって一ヶ月あまり、ずいぶん待たされた。 種明かしの途中で大暴れして失血死寸前に陥り、傷口を縫って三日も経たないうちに相模まで脱走。深夜の雨の中を傘も差さずに歩いていったというのだから驚くやら呆れるやら。 幸い皓司が脱走に気づいて後をつけてくれたからよかったようなものの、夜明けに背負われて帰ってきた巴は怪我の悪化に加えて重度の肺炎で意識を失っていた。 今度は脱走しないようにと隊長・班長が交替で見張りの看病。 一昨日の朝ようやく意識が戻って少し話せたらしいのだが、自分は遠征で行き違いになってしまった。帰ってきた時には再び深い眠りに落ちていて、今日まで一度も目を覚ましていない。 皆とっくに普通の生活をしているのに、肝心の巴だけが取り残されている。 死んだはずの自分達がどうして生きているのかもまだ知らないという。 早く話をして、もう一度彼の気持ちを聞きたい。 「僕のこと分かりますか、青山さん」 うっすら開いた瞼の上に身を乗り出すと、巴はトロンとした目を瞬いて視線を合わせた。まだ少し喘鳴が聞こえるが、薬のおかげで咳はだいぶ止まったようだ。 意識が完全に戻るまで待つ。 「……けい、すけ?」 「よし、分かりますね。じゃあちょっと失礼します」 乗り出した身を起こし、巴の頬に平手打ちを食らわせた。 「ちょっ……圭祐!?」 「殿下は黙ってて下さい」 驚いて膝を浮かせた隆を見もせずに続ける。 「青山さん。何か言うことはありませんか」 巴は豆鉄砲を食らった鳩のような顔でただ瞬きを繰り返した。そんなに強く叩いてないが、色素の薄い肌には指の跡がくっきり付いている。 「圭祐に……?」 「そうです」 「何を───」 反対の頬に、もう一発。今度は力を入れた。 隆は黙ることに専念したようで、視線は感じたが口は挟んでこない。 「痛いですか」 頬がみるみる真っ赤になっていく。巴の目には次第に怯えに近いものが現れた。 「……痛い」 「僕も痛かったです。心臓を抉り取られた方がマシだと思うぐらい」 ぶたれた程度で痛いとは笑わせる。 自分が受けたあの痛みは一生消えない。絶対に忘れない。同時に、巴にも忘れてほしくなかった。同じ過ちは繰り返さないと口に出して誓ってほしい。 「ああ上総の時の───圭祐が一番ひどい怪我を…」 …………。 「俺のせいで、ごめん」 何を勘違いしているのか。 皓司の話では、瀞舟が巴の欠点を説教してくれたのではなかったか。それこそが今回の事の始まりであり、本人に自覚してもらいたい部分なのに。 まだ寝ぼけているんだろうか。 一発目と同じ側に平手を食らわせようとした時、薬湯を持った皓司が入ってきた。 手を上げた格好の自分と隣で小さくなっている隆を交互に見、布団の中で両の頬を真っ赤に腫らした巴を見て、皓司は得心のいった笑顔で障子を閉める。 「お取り込み中に申し訳ありません。どうぞ続けて下さい」 「そうします」 え、という隆の声に頬を打つ音が重なった。 「皓司……これで三発目なんだよ。勝手に促さないでよ」 「まだ三発ですか。あと何回手を上げるか賭けましょう、私は五発で」 後ろでひそひそと話す二人に構わず、圭祐は座り直して巴の目を見る。 怯えられようが嫌われようがどうでもいい。彼が理解するまで何度でも叩いてやる。 「怪我のことじゃありません。僕が言ってるのは、ちゃんと分かったのかってことです」 「え…と……何を」 「何をじゃないでしょう。謝れってんですよ」 胸倉を掴んで布団から引きずり出し、四発目を見舞った。 「なんにも分かってない青山さんの為に斗上さん達がどれだけ尽力して下さったか、まだ理解できないんですか。目の前であれだけ大勢の仲間が死んでも自分のことしか考えてないあんたを、どうして見限らなかったか分からないんですか」 生きている意味を、どうして見出そうとしない。理解しようとしない。 自分だけがこの世に存在しているわけじゃないのに。 「誰でも死ねばそれまでだって言ってましたよね。じゃあなんで命があるんですか。なんで生きてるんですか。人の命って、他人がそんな簡単に決めつけていいもんじゃないでしょう」 自分の命に無関心だから人の命も軽視する。 「僕が今あなたに死ねって言ったら、あなたは理由も聞かずに言われたとおりにするんでしょう」 「……多分」 「多分じゃないですよ。どうして理由を聞かないんですか」 「聞いても、仕方ない。そう思われるぐらい…自分が悪いことをしたんだろうと」 「だから何が悪いのか分からないなら人に聞けっつってんだよ!」 五発目。 皓司の顔を立てて賭けの予想通りにしてやったわけでは、ない。 |
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