二十八.



「開門、開門!」

 城門をくぐれば誰であろうと下馬しなければならない。だが浄次は火急だと捲くし立て、乗馬したまま通過した。衛明館に続く門が見えたところで門衛が慌しく扉を開ける。
 とっぷりと暮れた闇の中、篝火の灯りだけでは巴が生きているのかどうかも定かでなく、 馬が停止する前に抱えて飛び降りた。一秒でも惜しい。

「誰か───」

 寝静まった衛明館の戸を開け、人を呼ぼうとして瞬時に息を呑む。
 まるで待ち構えていたように皓司が立っていた。

「お帰りなさいませ。帰還は御二人だけですか」

 たった二人か、という含みではなかった。予想通りで面白くもないと言いたげな声。

「青山が重傷だ。湯本で医者に処置させたがこの状態では治療できんと言われた。すぐにヴァンロッド父子を」
「手配してあります」

 城門から声が聞こえたので、と当たり前のような顔をされる。
 この手際の良さ。今に始まった事ではないが、急に緊張して鳥肌が立った。

 巴はもちろん自分の姿も無様で、お世辞にも敵を葬ってきたようには見えまい。尻尾を巻いて戻ってきたのならそれもよし、さっさと責任を取って腹を切れという事か。皓司の顔色を窺うわけではないが、その無表情はどうにでも取れる。
 自分でこれが最後だと言った手前、後戻りはできなかった。

「か、覚悟はできている。……が、今はそれより」
「何のお話ですか。それより早くお入り下さい。こちらも準備がございますので」

 介錯はこいつか。
 せめて父に、と思えど親に首を刎ねてもらうのは不孝者のような気がする。しかしあの性格では親子だからこそ俺がと喜び勇んで名乗り出そうでもある。
 いや、そもそも城に上がって報告してから切腹ではないのか。身内で片付けてはまずいだろう。
 それとも勝呂か誰かが来ているのか。だとしたら用意周到すぎて文句も出てこない。
 勝呂と顔を突き合わせたらまず何と言えばいいのか、自然に足取りが重くなっていった。

「皆お待ちかねですよ」

 そうだろうとも。
 さっさと死ねと言わんばかりの笑顔が勢ぞろいだろう。
 明かりが透けている広間の障子に手をかけ、浄次は一呼吸置いてから開けた。


「お帰りなさーい!」


 ───笑顔の亡霊が見えた。
 即座に障子を閉め、巴を抱えたまま首を右に回す。

「……斗上。今、何かいなかったか」
「皆お待ちかねですよ」
「それは分かったが……皆とは、死人も含めての皆か」
「死人などおりませんが」
「いや今いたぞ。下谷に高井に、死んだのをこの目で見た寒河江や隊士が……」

 もう一度障子を開けてみた。

「お帰りなさーい!」
「しつこいわ!」

 何という事だ。何が起こっているのだ。
 京で死んだはずの龍華隊、上総で死んだ氷鷺隊と虎卍隊。今朝も今朝、箱根で死んだ隆と隊士達。全員が広間に集まっていた。足の先まではっきりと見える。

「ご無事で何よりです、御頭っ!」

 と涙を流している深慈郎は身を真っ二つにされたのではなかったか。

「無事やないねん。アタマが万年危篤や」

 と握り飯をほうばっている冴希は首を斬られたのではなかったか。

「お疲れ様でした。あっさり死んじゃってすみませんでしたね」
「えっ、隆さん殺られたんスか!? でも生きてるみたいでよかったっス!」

 と言うわりに無傷の隆と言っている事が支離滅裂な宏幸は、以下略。

「御頭、青山さんをこちらに」

 と隅の布団へ誘導してくれる圭祐などボロ雑巾のような死体で。


「斗上……これは一体」
「黄泉の国へようこそ」
「違うだろう! お前も俺も死んでないのに何故だと聞いとるんだ!」
「ご自身の死を理解できないとは哀れな魂ですね」

 もういい。
 もっとまともな、確実に死んでいない者に聞くべきだ。

「能醍と麻績柴はどうした……見当たらんが」

 死んでいないからここにはいない、のか?

「あの二人なら部屋で死んでおります」
「どっちなんだ!」

 本当に自分は生きているのか、それとも知らぬ間に死んだのか、皓司や居残り組はあのあと黒衣の男達に襲撃されて全滅したのだろうか。ならば江戸も無事では済まない。

 ひとまず広間を出よう。ここに入ったからいけないのだ。
 巴を連れて逃げようとすると、圭祐の亡霊に「動かしたら危険です」と怒られた。

 危険なのはむしろお前達の存在だ───。




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