七.


 翌朝、龍華隊の数人が辞表を持って浄次の部屋を訪れ、対処に困って皓司の元へやってくる。
 何をするでもなく自室にいた皓司は、浄次の慌てぶりを尻目に数枚の辞表を受け取った。

「ひとまず返事は保留にしておいたが……どうしたらいいんだ」
「浄次様はどうされたいのですか」

 御頭ならそのぐらいの事は自分で考えろと思えど、相談に来るだけ可愛げがある。
 実家が近く父同士の付き合いもあり、子供の頃はたびたび勉強を教えてやっていた。さすが浄正の子というべきか、飲み込みが悪くて辟易したことは数知れず。だが真剣な眼差しで理解しようとする姿勢はむしろ上出来と言えた。
 なぜあのまま素直に成長しなかったのだろう。
 否、素直に育ったからこそ先代の権力をそっくり自分に置き換えたのか。
 今少し捻くれていれば父親と自分は別物だと考える。

「これ以上隊士を減らすわけにはいかん……が、本人達の事を考えるとだな」
「ではそのようにお伝えすればよろしいのでは?」
「いや、だからな……お前はどう思うかと相談に来たのだ」

 素直すぎて隆には相談できないと見えた。聞き上手とはいえ、隆は目下の者の相談には親身でも目上の者には容赦ない。その辺りは浄次も学習したのだろう。

「確かに彼らの心境は複雑でしょうが、貴嶺さんが鍛えて下さった精鋭ですから一人とて失うのは惜しいですね」
「しかしどうにも俺は説得力に欠けるようで」
「今更何をおっしゃるのですか」

 返答に詰まった浄次に辞表を返し、皓司はついと立ち上がる。

「分かりました。私の方から殿下に相談した上で彼らを引き止めましょう」
「そうしてくれると助かる。ところでこの辞表は」

 不要だからそこの屑籠にでも捨てろと言うと、浄次は本当に丸めて捨てた。





「あはは、御頭もよく分かってるなあ。俺に相談しても無駄だってこと」

 広間で日光浴をしていた隆に伝えるなり、彼はあっけらかんと笑った。この人の良さそうな顔を見ても隆では無理だと察した浄次を褒めてやるべきだったか。

「多少は学習しているようですよ」
「そうだねえ。いやはや感心感心」

 広間を見渡しても龍華隊の隊士は一人もいない。自室にいるのだろう。もともと大人しい隊ではあったが、その中で唯一朝から晩まで絶え間なく聞こえていた冴希の声がしないのは物寂しいものだと感じる。

「巴は謹慎処分、隊士は意気消沈。龍華隊は絶命か」
「当面は二隊制になりますが、昨日の事件を聞きつけた謀反人は躍起するでしょうね」

 京のど真ん中で隠密衆の一隊がほぼ全滅した事はとうに広まっているはず。黒衣の男の存在は知られていないだろうが、誰にやられようと隠密衆の勢力が三分の二になった事実は隠せない。しばらくは立て続けの遠征となるだろう。

「となれば一人でも多い方が我々も助かりますし、氷鷺隊と虎卍隊へ半数ずつ引き入れてはどうでしょう? 優秀な隊士ですから殿下の手を煩わせる事もないかと」
「そりゃあ俺は歓迎するけど、虎卍隊に割り振られる隊士が可哀相だなあ」
「さてどうでしょうね。案外こちらの方が希望者が多いかもしれませんよ」
「半数ずつって今自分で言ったじゃないか。均等にね、均等に」

 茶を淹れてくれた圭祐に礼を言い、諜報と連絡は取れたかと聞いてみた。圭祐は頷いて昨晩までに手配を済ませたと言う。北は蝦夷から南は琉球まで、諜報の伝令は半日もかからない。
 だが黒衣の男はそう簡単には見つけられないだろう。
 尻尾を掴まれるほど生易しい敵ではない。

「それにしてもびっくりしました。昨日の青山さんの発言」

 圭祐は盆を脇に置いて隆の隣へ座った。
 茶を啜っていた隆が失笑とも取れる笑みを浮かべる。

「“人は誰でも死ねばそれまで”、ね。まあ理屈としては正しい」
「でも僕が龍華隊の隊士だったら理不尽です。理屈だけでそんな風に片付けられるなんて、死んでも生き残っても隊長に不信感を抱くのは道理だと思います」

 賑やかな広間が好きだとよく言う圭祐も龍華隊の壊滅は堪えたようで、口調は厳しかった。
 いつものように冗談を言ったり悪ふざけをする隊士がいないせいで彼らに構う機会もない。
 それを寂しいと思うところが彼の良いところ。隆のような上司にはもったいない部下だと、皓司は内心笑った。隆のような上司にこそ圭祐が相応しいとも言えるが。

「じゃあ圭祐が隊長だったら、隊士の遺体を全部持って帰ってくるかい?」

 そら見たことか。
 意地悪い質問は隆なりの愛情ゆえだが、圭祐は少しむっとした表情で答える。

「その前に犠牲者が増えないよう出来得る限りの努力をします」
「敵う相手じゃないと分かってても?」
「敵う敵わないは問題じゃありません」
「それじゃ、ケースケは自分を犠牲にしてでも部下を守るの?」

 続きの縁側に寝転んで黒猫と遊んでいる甲斐が口を挟んだ。

「隊士だって隊長を失うのは生き恥晒すのと同じことじゃないカナ」
「という事は私が殉職したら甲斐は後を追って下さるのですね。嬉しい事を聞きました」
「斗上サンが死んだら鼻の骨ぐらいは拾ってあげますヨ。ねえチビちゃん」

 未だに名前がなく隊士から好き勝手に呼ばれている子猫は、遊び疲れたのか大きな欠伸をして甲斐の腹の上で丸まった。

「そうじゃなくて、僕だったら誰も死なないように行動したいって事」
「はいはい分かってるって。生真面目だネェ」

 我躯斬龍から宏幸の怒声が聞こえてくる。保智の班と対戦しているのだ。
 昨晩、宏幸は龍華隊の惨状を虎卍隊に置き換えて悶々と悩んでいたらしい。なかなか寝付けず箪笥の向こうに話しかけてはつれない返事に頭を抱え、しまいには枕を持参して甲斐の布団の横に転がったと聞く。
 臆病ではない。根が単純に出来ているせいで幽霊だの妖怪だの目に見えない存在は信じないが、黒衣の男は見ずとも龍華隊の惨状が恐怖を物語っているからだ。
 意外に神経質な一面もある宏幸は、それでも強敵を前に怯んだりはしないだろう。

「保くん達、もう少ししたら終わるかな。甲斐くん次よろしくね」
「こちらこそお手柔らかに」

 たまには隊の違う班同士で対戦稽古をしようと言い出したのは圭祐で、宏幸が真っ先に賛同の手を挙げた。朝食の後に各班長自ら相談し合い、日替わりで対戦する事になっている。
 皓司は会話が一段落したところで隆を誘い、龍華隊の隊士を説得しに行った。



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