六.


 報告を聞きながら、隆は巴の顔をじっと見つめていた。
 いつもの遠征報告と何ひとつ変わらない態度。冷静といえばその一言に尽きる。隊長としての威厳には欠けるが、異例の出来事に動揺したであろう龍華隊の隊士を前に慌てる様子もない。
 しかしそれで隊士達が落ち着いていられたとは到底思えなかった。
 惨劇より惨いものが、そこに人の形をして座っているのだ。


「御頭、お話の途中で失礼します。巴に訊きたい事があるのですが」

 発言の許可を得て改めて巴の顔を見る。菫色の目がくるりとこちらを向いた。

「隊士はもちろん、班長を二人とも失ったのにずいぶん平然としてるね。俺はそこが不思議なんだけど、巴の意見を聞かせてくれないかな」

 二人の死に際を見ておきながら失ったという事が何を示すのか、巴は分かっているのだろうか。
 若年とはいえ深慈郎も冴希も日頃から班長としての役割を自覚し、自分より年上でベテランの隊士達をしっかりまとめていた。圭祐や甲斐に比べれば腕の強さも頭の良さも劣る。それでも自分が成すべき事、組織での立場は理解していたはずだ。
 その二人の遺体すら、返ってこない。

「平然としているわけじゃないですが……何をお聞きになりたいんですか?」
「二人が殺される瞬間を間近で見ていたのでしょう」

 皓司も同じ事を考えていたらしく、冷淡な口調で巴を責める。

「その時、貴方は何をしていたのかと訊いているのですよ」

 下座の隊士達が萎縮したほど、その声には沈黙も曖昧な答えも許さない怒りが込められていた。返答次第では刀を抜く事も辞さないだろう。
 この場はしばらく皓司に任せてみようと、隆はあえて発言を挟まなかった。
 浄次も皓司の様子を察して口を結んでいる。

「それほどの敵にあの二人が匹敵するとでも思ったのですか。龍華隊の班長の事は巴が一番よくご存知でしょう。見たところ掠り傷一つなく身綺麗で感心しますが、石に足を挟まれて動けなかったから見殺しにせざるを得なかったとでも?」

 見殺しにした、という言葉に驚いたのか、巴は二三度瞬いて愕然とした表情を浮かべた。
 何を誤ったのかようやく自覚したかと思ったのも束の間、隆の読みを裏切って巴の口から出たのは見当違いも甚だしい答え。

「見惚れていたんだと───思います」

 たった一人の敵の、あまりに鮮やかな死の舞に。

「それで、動く事を忘れて」
「寝言は寝てからおっしゃいなさい」

 当時を思い出しながら訥々と喋る巴に、皓司のまとう気がぴしりと音を立てる。

「隊長ともあろう者が、行動すべき時に状況を見失って放心とは何事ですか」

 まるで話が通じていない。
 巴の性格を鑑みれば最初から分かっていたとはいえ、ここまで無情だとは思わなかった。
 薄情ではなく、無情。
 なぜ彼らが死んだのかとも考えず、義務的な報告と謝罪の言葉を揃え『終わった事』で済ませたのだ。だから自分と皓司が突き詰めて問う理由も分かっていない。

 巴が入隊した時、自分より年下だと知って驚いたことを思い出す。
 三つしか違わないが年のわりに恐ろしいほど冷静で、あれから今日まで彼が破目を外したことは一度もない。といって一匹狼を気取っているわけでもなく、平隊士の寝床では同室の仲間と花札をしたり掃除をしたりと協調性もあり、その腕前は三人衆に次ぐほど。
 沙霧が現役だった頃にはすっかり平隊士の間で尊敬されていた。

 冴希が隠密衆に入る直前は巴を班長にとの声が高かったものの、沙霧は入隊試験終了と同時にそれを見送った。理由は「もう少しだけ平隊士の中にいて欲しいから」。
 平でいい、ではなく平でいて欲しいという言い回しから、沙霧もいずれは巴に班長役を任せる意向があったのだろう。だがあえて冴希を班長に選んだ。優秀な班長に恵まれている隆に言わせれば巴の方が適任じゃないのかと首を捻ったものだが、数ヶ月後には沙霧の目論見が読めた。
 冴希と巴、それぞれの長所を伸ばす為だったのだ。
 年齢や腕前に関係なく、人を引っ張る力のある者と指示を的確に理解して行動できる者。
 若い冴希には心身の成長と組織の理解を、熟練の巴にはより隊士の手本となるように。
 うまいものだと感心せずにはいられなかった。



「巴。あまりこういう事は言いたくないけどね」

 怒り心頭といった体で皓司が閉口した合間に割り込む。

「貴嶺さんの龍華隊と比べて、巴の龍華隊がどんな有様か考えたことあるかい?」

 冴希の古い刀が使い物にならなくなったのは、隊内に負担がかかっていたからだ。隊士の負担を少しでも軽減させようとした結果があの大太刀をぼろぼろにした。けして冴希の扱いが乱暴だったせいではない。
 巴が無情だからそうなったのだ。
 隊長としての采配は問題ないが、隊長としての責任感がなさすぎる。

「後ろの隊士二十名が今どんな顔をしてるか見てごらん。遠征前とは大違いだよ。憔悴してるだけじゃない、隊長に不信感を持って余りあるって顔ばかりだ」
「寒河江様、そのような話は……」

 龍華隊の一人が腰を浮かせた。
 この期に及んでお人好しの隊だなと呆れる。沙霧の温情がまだ影響しているらしい。

「何か間違ったことを言ったかな?」

 京へ発つ直前の隊士達は皆、巴に全幅の信頼を寄せていた。それが今はどうだ。

「こんな状況だ、取り繕ったり誰かを擁護したりするのは無しにしよう。龍華隊の隊士は今感じている不満を正直に言ってごらん。発言に問題が生じても責任は俺が取る」

 本人の前では、などと遠慮していては何も変わらない。本人の前だからこそ言わなければならない事があるのは、沙霧に育てられた彼らなら身をもって分かるはずだ。
 毎年、沙霧は新人の隊士に同じ台詞を繰り返した。言いたい事があるならどんな些細な事でも遠慮せずに言え、喋れない人形を部下に持つつもりはない、と。

「俺は、青山隊長には正直戸惑うばかりで……。特に今回の件は」
「今回のどの件で?」

 詳細を問うと、発言した隊士はちらりと巴の背を気にしながら俯く。

「……死んだ隊士全員の亡骸を江戸に帰すのは無理ですが、せめて班長たちの亡骸くらいは連れて帰りたいと思ったんです。でも隊長がまとめて火葬すると……。正直、何て言っていいか分かりません」

 御所と祇園の警備に当たっていた彼らの元へ巴がやってきた時、他の隊士はどうしたのかと聞くと顔色一つ変えずに「殺された」と答えた。まるで明日の天気を予想するかのような無関心ぶりに、二十名の隊士は驚愕よりも違和感を覚えたという。
 謀反人の死体ともども三条河原での火葬を御所に取り付け、その場で焼いた。

「深慈郎と冴希の遺体を連れて帰ろうと思わなかった理由は?」

 隊士達が知りたかったであろう事を尋ねる。
 巴はあくまで冷静に、何の感情も表さずに言った。

「なぜ連れて帰らなければならないんですか? 人は誰でも死ねばそれまでです」

 後ろで押し黙っていた隊士が一人、広間から飛び出していった。



戻る 進む
目次へ


Copyright©2011 Riku Hidaka. All Rights Reserved.