二.


 時は少し戻って昨日の夕方、同じく遠征に出向いていた龍華隊一行が帰還した。虎卍隊ほど大掛かりな討伐ではなく、帰りに温泉へ入ってきたというだけあって皆すっきりした顔だった。
 報告は夕飯を食べながら聞くと告げると、巴は眠そうな顔でこくりと頷くだけ。
 浄次にとって扱いづらい隊士は多いが、その中でも巴は五本の指に入る。

「で、どうだった」

 前菜を食べ終えて切り出すと、隆の隣で船を漕いでいた巴は虚ろに目を開けた。

「え……あ、すみません。昨日の明け前、八尾一派のねぐらと北原の女が経営しているいづみ屋双方へ同時に襲撃をかけ、四十五名全員始末しました。八尾と北原以下数名は予想通りいづみ屋の地下から巌洞沢へ抜けたので、下流で待ち伏せて討ちました。以上です」
「民間への被害はなかったか?」
「ありません。いづみ屋周辺の民間人には前日に諜報と入れ替わってもらったので」

 諜報は変装してなんぼ、ゆえに地味な顔ぶれが多い。昨日までそこに住んでいた人間とは雰囲気が違うなどと敵にバレればあっという間に逃げられる。常日頃から土地の人間になりすまして情報を集めているとはいえ、襲撃地で堂々と諜報を使うのだから大したものだ。
 大胆かつ用意周到な巴の戦略は、結果的に成功したものの失敗を考えると毎度恐ろしい。
 今回は諜報の働きが幸いしたのだろう。

「ところで御頭、冴希の刀の件はご存知かと思いますが」

 またその話か。
 冴希の刀・佐世津國守は普通の日本刀とは違う。背負い刀とも呼ばれる大太刀で、最近とみに刃毀れが深刻なのだとあの小娘は数ヶ月前から喚き散らしていた。あれと同じものを造るとなれば相当な大金が要る。給料を貯めて自分で買え、さもなくば支給の日本刀に替えろと言ってもピーピーやかましい。
 自分がダメなら隊長に頼んでもらおうという魂胆だろうが、返事は否と決まっていた。

「お前が何と言おうと……」
「冴希に日本刀を持たせて何本も折られるよりは、最初から一本新調する方が安上がりです」

 浄次の手から箸が落ちる。言われてみれば確かにそうだ。
 隊士にはタダで刀が支給される。しかしそれが自分に合うかどうかはまた別の話で、隊長や班長はほとんどが自前の刀を使っていた。平隊士で支給品が気に入らない者は昇給するか貯金で新調するしかない。ゆえに、冴希も金がないのなら支給品で我慢しろと再三返してきたのだが。

「冴希の力は龍華隊において随一の突破力を誇ります。大太刀あっての冴希ですし、冴希あっての大太刀というか。小回りや競り合いに長けた隊士は大勢いるので、彼女には敵の固まりを一気に散らしてもらうのが最も効率いいんですが」

 よく考えてみれば支給品も隠密衆の資金で買っているのだ。それを遠征のたびにボキボキ折られ、タダをいいことに次々と持っていかれては結局同じことだと今気づいた。
 何を考えているか分からない、いや単に眠いだけのような顔をした巴を前に、浄次は渋々頷く。

「……よかろう。下谷、頼むぞ」
「はい」

 資金管理を任されている圭祐は愛想よく返事をして頭の中の帳簿をめくった。

「じゃあまずは虎卍隊の冬の賞与を減額して、と」
「おいおいおいお圭さん、そりゃないだろ!」

 圭祐の爆弾発言に虎卍隊の隊士が総立ちになる。九日間の遠征から戻ってきて死んでいるかと思えば、そういうところはしっかり聞いているのだ。

「少しは迷ってくれよ! 即答で俺らのボーナス減額って……!」
「どう考えても昨年は多すぎたんだよね。貴嶺さんが辞めた年だったから仕方ないけど」
「俺らの働きが悪いって言いたいわけ!?」
「悪いとは言わないよ。でも一番頑張ったのは龍華隊」

 その証拠に、と冴希を指差す。

「冴希ちゃんの刀、刃毀れがひどいでしょ。こないだ研いだばっかりなのに」

 そりゃ刀の使い方が悪いんだ、馬鹿力に任せてブン回しているからだ、と罵り始めた隊士と冴希の喧嘩を尻目に、圭祐はさくさくと脳内の算盤を弾いて資金の当てどころを計算した。
 圭祐の隣で茶を飲み終えた隆が「よいこらせ」と年寄り染みた掛け声と共に立ち上がる。

「御頭、そろそろ実家へ行ってきますね」
「ん? ああ店番か。ご苦労だな」
「明日の夕方までには戻りますので」

 氷鷺隊のことで何かあれば圭祐に、と残して広間を出た。
 保智に、と言わないのは彼がそういう事に不向きだからであり、圭祐の方が頭の回転も速くどんな物事でも冷静に対処できる。けして保智を蔑ろにしているわけではない。保智には保智の役割があって、それは相方の圭祐がよく分かっている。
 隆は鼻歌まじりに衛明館を出、月明かりに照らされた葉桜を仰ぎ見ながら城下へ向かった。




 そして翌日の昼前、皓司がおかめと芸者を連れて瑠璃屋へやってきたのだ。
 面白い朝に立ち会えなかったのが残念だと思う反面、何食わぬ顔で話題の二人を引き連れて来る皓司の機転には有り難ささえ感じる。

「甲斐は元がこれですからいいとして、宏幸には困りましたよ」

 元がこれ、と言われた甲斐の顔には薄化粧しか施されていないが、宏幸の顔は見るからに「やりました」感が強かった。最初はそこそこ見られる化粧だったらしいのだが、暑さで顔面から吹き出た皮脂が白粉と混ざって凄まじいことになっている。せめて頬紅がなければおかめになることもなかっただろう。

「でもまあ、愛嬌があって可愛いと思うよ」
「……そんな無理やり褒めてくれなくてもいいっス」

 がに股で立ち尽くしている宏幸の隣を改めて見れば、一見本物の芸者と見紛う甲斐が玄関先のオカンよろしく腕を組んでダンマリを通していた。

「前から思ってたんだけど、甲斐は結構」
「殿下の感想なんか聞いてませんヨ」

 その時、陣羽織を抱えて戻ってきた命が目を輝かせて隆の脇から身を乗り出す。

「ゲイシャさん、すっごくキレイ! いっぱいお客さん取れる?」

 命の目には芸者しか映っておらず、おかめは完全無視。甲斐の引き攣った笑顔を見て不思議そうに首を傾げる始末だった。
 隆は息子から受け取った包みを開封して確認し、風呂敷に包んで皓司へ手渡す。

「はい、陣羽織五枚ね。お連れさんは入用な物あるかい?」
「だからお連れさんとかやめて下さいよ!」
「おかめさん、おかめさん、あぶら取り紙いりませんかー?」
「いらねえっつってんだろこのガキ!」

 日頃から口の悪い母親に育てられているおかげか、命は怯える様子もなく陳列棚から一本の簪を取って今度は芸者に差し出した。

「ゲイシャさんにはこちらがおにあいですよ?」
「…………」
「綺麗な花簪ですね。私が買いましょう」

 間髪入れずに財布を取り出した皓司が命と勘定のやりとりをする。
 桐箱を受け取り、何を思ったかその場で甲斐の頭に簪を突き刺した。

「さすが殿下の御子息、目利きは確かですね。よくお似合いですよ甲斐太夫」
「何が楽しいんデスかあなたは……」

 悪質極まりない双璧と無邪気なだけに残酷な子供によって屈辱をさらに深めた宏幸と甲斐は、衛明館に戻ったら罰ゲームが解除される夜まで部屋から一歩も出るまいと頑なに決意した。



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