焔の塔
十七、
「まだ傷も塞がってないのに出陣は無理です! 班長!」
「無理だと思うから無理なんだ。俺は行ける」
「綺堂さん、止めて下さい!」
遠征が立て込み、三隊だけでは持ち回りも厳しい状況に追い込まれていた。野良犬との交戦は相変わらず、死者は半年で四百に上る。常に隊士が怪我をしている状態で次の遠征が入る為、死傷者は右肩上がりになるばかりだった。
「止めてって言われても俺は行けないし、無責任なこと言えんよなぁ」
一週間前の遠征で綺堂の班は謀反人が仕掛けた爆弾によって隊士のほとんどを失い、そこへ野良犬の奇襲を受けて散々だった。綺堂も刀傷に加えて両足を折られ、浄正が間に合わなければトドメを刺されていただろう。
安西は四日前の遠征でやはり野良犬と交戦、その前から引きずっていた膝の負傷が原因でほぼ攻め込まれて終わった。幸い、野良犬が途中で姿を消した為に命拾いしたようなものだ。
大和は融通の利かない班長に苦労し、がくりと畳に手をつく。
「お願いですから今回は休んで下さい……俺、班長を失いたくありません」
「だからなんで死ぬ前提なんだよ? いいからサラシ巻け。きつめにな」
「安西ちゃん行くのー? お香典いくらにしとく?」
「年の数の三倍」
「二十二の三倍で六十六銭、と」
「両だ」
「もーっ、お二人ともどうしてそんな呑気なんですかぁ!」
安西の胴にサラシをこれでもかと巻き上げ、大和は半泣きで上司の背中に抱きついた。
「班長……好きです」
「悪いが趣味じゃねえ」
「……違います。ヘンな勘違いしないで下さい」
じゃあなんで抱きつくんだと別段嫌がるわけでもなく安西が聞くと、大和はへらっと笑って「肩細いなぁと思って」と素直な反応で安西の怒りの沸点を下げた。隊士たちから“頭の足りない大型犬”などと言われるだけの大和ではある。
「俺、二年もやってこれて自分でも驚いてるんです。きっと、班長がいなかったら最初の一ヶ月だって生きられなかった。あなたは俺の恩人です。大切な恩人に生きて欲しいと思うのは間違ってますか」
隠密衆に必要な戦力だからだとか腕がいいから生きるべきだとかではなく、大和の個人的な我が儘ゆえのお願いなのだと安西は受け取った。我が儘を正直に言う奴は嫌いじゃない。
肩に乗っかっている頭をくしゃっと撫で、軽く叩いた。
「お前の気持ちは分かった。ありがとよ」
「じゃあ」
「俺は行く。必ず生きて帰るとお前に誓う。だから俺と一緒に来い、大和」
ぶるぶると肩を震わせて号泣し出した大和に、まわりの隊士が驚いて振り返る。
ほどなくして浄正が城から戻り、隠密衆は先の遠征から四日と休まず出陣した。
◆
終盤に差し掛かり、浄正と野良犬が交戦しているようだと隊士の情報が入ってくる。
だが今の安西にはそんな事はどうでもよかった。開いた傷口から血が溢れようと血反吐を吐こうと、どうでもいい。
「大和! 俺の声が聞こえるか、大和!」
なんでこうなるんだ。
自分だけが生きて帰ったって意味がない。
「……は、ちょ…」
「しっかりしろ! どこやられた、内臓か!?」
少し離れたところで謀反勢と戦っていた大和が急に大量の血を吐いて倒れた。大和も怪我を負ったままの出陣だったが重傷ではなく、この程度の謀反勢相手なら苦ではないだろうと思ったのに。
見たところ新たな外傷はない。打撲を受けて内臓をやられた可能性が高かった。
「おい、衛生兵を呼べ!」
「はっ!」
隊士のひとりが衛生兵を連れて戻ってくる。
「内臓破裂したらしい。外から場所が分かるか?」
「触診である程度は……」
大和はひゅうひゅうと喘息のような息を漏らし、激しく咳き込んだ。また血が出る。鮮血。
「これは、内臓破裂じゃありませんね。おそらく労咳です」
「……労咳、だと?」
一瞬で頭が真っ白になる。
そういえば最近の大和はときどき咳をしていた。風邪なら早く治せと言った記憶がある。
だが肺を病んでいるようにはまったく見えなかった。血色も昔と変わりなく、鍛錬や掃除もサボったことがない。飯もよく食べていた。
血を吐くほどになったらかなり進行していると聞く。無理をしていたんだろうか。
「大和───お前、知ってたのか?」
「…………」
潤んだ目がプイと逸らされる。ぶん殴りたい衝動に駆られた。
なぜ黙っていたのか。さんざん人のことを恩人だ何だと言って懐いておきながら、嘘を吐かれていたことが許せなかった。
「お前は、俺に平気で嘘を吐くクソ野郎だったんだな」
立ち上がり、怪我人とまとめておけと伝えて安西は踵を返す。
「は…っ、んちょ……」
喘鳴のあいだから漏れる大和の苦しそうな声が耳障りだった。
一度は逸らした目が今自分の背を見ているだろうことも、鬱陶しくてたまらなかった。
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