焔の塔
「警告間に合わず、至らぬ限りでございます」 朱色から紺碧へと移り変わる空の下、麓は鳥居まで一直線に隊士の死体が転がっていた。 男は八幡平の火の海を突っ切って逃亡したらしく、飛車が三人追っている。花輪は消火が間に合い、白煙だけが立ち上っていた。 「まーたやられちまったな。…ったたた、もっと優しくして」 「なあ綺堂よ、下山させたのは失敗か? 俺はそうは思ってねえが」 「俺も同じだよ。上にいたって下にいたって、死人の数は変わらなかったね」 隊士に抱えられて下山した綺堂と安西が麓の有り様を見て溜息を吐く。二人とも口は達者だが身体はボロボロで立つのもままならない状態だった。 「安西班長っ!」 処置の手伝いを終えた大和が突然、居住まいを正して安西の横に土下座する。 「奇襲からかばって頂きありがとうございますッ! このご恩、一生忘れません。班長お二人の戦い方も俺なりに見て学びました。今後はしっかりお役に立てるよう精進致しますッ!」 後半は片耳に指を突っ込んで聞いていた安西が大和の頭を叩いた。 「やかましい。傷に響く」 「はいっ、すみません! でも生きてて下さってほんとに良かったです!」 「やかましいっつってんだろ! ったく……お前のおかげだ」 「え、何ですか?」 「何でもねえ。それより俺らの処置で足止めしてんだろ? もう帰ろうぜ」 「教えて下さい、班長ぉ」 大声だと怒られたので小声で安西の耳元に泣きつく大和に、綺堂は添え木だらけの身をバタつかせてひとしきり笑う。安西は刀傷が多く、綺堂は骨折が多かった。 「風除けだよ、大和」 「……八幡平突破のあれですか? 命に関わるほどの事は何も」 「簡単な仕事だったっしょ? けど突破ってのは思ってるより消耗が激しいんだよ。特に今回は火の海だったし、いろんなもんが飛んできて何回も不意打ちを対処すると刀も体力も消耗しやすい。大和があそこでしっかり働いてくれたおかげで、安西ちゃんは万全の状態で野良犬に挑めたわけ」 過去にこれほど長時間も野良犬と競り合ったことはないと綺堂は言って、むっつり黙り込んでいる相棒を指差す。 「この人、口は悪いけどすごく部下思いだからさ。新人を守るのに必死だったんだろね。たくさん実戦経験させつつ野良犬の手に掛からないように、って」 「いい加減その薄っぺらい口閉じねえと角材突っ込むぞ」 「褒めてるんだよ。新人の生存率は安西ちゃんの班がいつも一番じゃん」 それを聞いた大和は鼻を啜り、江戸まで自分が安西を担いで帰ると立ち上がった。肝心の隊長は安西に肋骨を数本折られたものの、何とか自力で歩けるようだ。 「にしても強かったなー。あんなのが師匠だったら最高」 「同僚か上司の方がいい」 「おーそしたら隠密衆無敵だぁね」 今しがたまで殺し合った敵を賞賛する班長二人に口を挟むものは誰もいなかった。 隊士の遺体を回収し終え、荷車を引いて東北から引き上げる。八幡平を抜けるのに苦労したが、そこを過ぎればまるで何事もなかったかのように静かな山道が続いていた。 途中で野良犬を追っていた飛車が戻ってくる。やはり見失ったらしい。 「そうか。ご苦労」 浄正は一言も喋りたくない心境を堪え、力ない声で労った。飛車が一礼して姿を消す。朱鷺も、戦闘が終われば必要以外は姿を現さない。 野良犬はまた自分をわざと生かした。恐らく綺堂も安西も生かされたのだ。 なぜ殺さないのか。 その機会がゆうにある事をまざまざと見せ付けておきながら。 |
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