焔の塔
十一、
全勢力で体当たりした八幡平の鎮圧は粗方目途が立ったが、鉱山への入口を曲がらずその先にある花輪では苦戦しているようだった。
「援護に行きましょうか? 二班が先に登ってるんでうちはまだ余裕ありますよ」
飛車から情報を得て花輪へ向かおうとした浄正に、綺堂が提案してくる。
それも考えたが謀反勢は鉱山を占拠しているのだ。首謀者が上にいるか街に隠れているかは飛車の連絡待ちだが、恐らく上にはいないだろう。逃げ道がない。
となればさっさと鉱山を制圧し、謀反の意味がなくなったと知らしめるべきか。
「綺堂、聞いていいか」
「何でしょう?」
「野良犬はどこに出てくると思う?」
謀反勢よりも野良犬の動向を踏まえて指示を決める。
これまで広範囲に隊を分散させる遠征はなかった。今回は三箇所に分かれている上、山の上と麓の街道という距離が足枷になっている。火の回りが予想以上で馬も使えない。
最終的には浄正のいる場所へ現れるだろうが、必ず終盤に出てくると決まっているわけでもなかった。
これ以上多くの死者を出したくない。
隊士を一箇所にまとめておけばそれだけ犠牲が増える。といってそれぞれの持ち場で待機させれば、野良犬が出た場所は間違いなく援護を待たずに全滅する。
「さあ、予測もつきませんな」
綺堂は煤だらけになった顔を袖で拭い、鳥居を見上げた。
「どこだろうと犠牲は付き物です。考えるだけ無駄でしょう」
「犠牲の引き算だ。最小に留めるには熟練のお前と安西を別行動にして勢力分散させた方がいいのか、ふと考えてな」
遠征中に隊士と戦略話をするのは初めてだった。
九年も組織の上に立っておきながら情けないと思われるかもしれない。
だが、どうしても二人にだけは死んで欲しくないと思った。
信頼がないわけではない。元より隊士を信頼できるほど自分の技量が足りていない。
どういう感情なのか自分でも分からなかったが、どちらか一人でも生かしておける道があるならそれが最善策のはずだ。
「最小って、何が基準なんです? こないだの遠征より多いか少ないかですか?」
「まあそんなところだが」
「一個隊の力量が毎回違うんでそう簡単な話じゃありませんな。ただ言わせて頂くなら、俺らが長く生き残ってきたからってそんな風に擁護するのはやめて下さい」
酒を飲み交わした時と同じ人懐こそうな笑顔で、綺堂は鋭く切り込んできた。
風下にいるせいで黒煙が流れてくる。
「安西ちゃんが聞いたらこう言いますよ。“大局を見るのがあんたの仕事だろ”ってね」
犠牲を増やすか食い留めるかは隊士個々の領分なのだと綺堂は言って、刀を咥えたまま両袖を捲り上げた。
「ま、謀反勢の主力は鉱山に集まってるでしょうから予定通り俺も上へ行きます」
「……分かった。花輪の鎮圧に目途がつき次第、何班か向かわせる」
「お願いします。んじゃまた上で」
◆
「大和! もっと右に寄れ!間合いを詰めすぎだ!」
鉱山にたどり着く直前、木々の間から敵の矢が集中して降ってきた。後続の隊士が何人か頭や首に致命傷を負い、坂道を滑り落ちていく。
安西は隊士を拡散させ、山林の藪を駆け上がった。樹齢を重ねた太い木が多い。戦闘には有利だ。枝に手をかけ回転して隣接の枝に着地すると、木々の間を飛び渡りながら弓を構えた敵に突っ込む。六人ほど始末したところで地に降り、残りは大和に任せた。
ようやく鉱山まで登り詰め、開けた視界に安西は瞠目する。
隠密の到着を待ち構えているだろうと思っていた敵が、一人残らず死んでいた。
「班長、これは一体……」
隊士が動揺を隠せない表情で辺りを見渡す。
正面にはぽっかりと大口を開けた鉱山の入口が、四方には青々とした木々が鉱山に覆いかぶさるように生い茂っている。
「奴がいるぞ、警戒しろ」
「……!!」
敵の死体はどれも頚動脈を切られていた。無駄傷のない、手際のいい切り口。雨樋を伝う水のようにちろちろと流れ出ている血が、たった今しがた斬られたことを知らせている。こちらが弓を受けて交戦していた時だろう。
「安西班長、弓兵は全員始末しまし……うわっ、もう終わったんですか?」
「違う。話は聞いてるだろ、野良犬だ。近くにいる」
息を切らせて追いついてきた大和が瞬時に顔を強張らせ、背中合わせに構えを取った。
隊士達は一歩も動かず、円陣を組むように四方を警戒する。
風が強い。木々のざわめきが邪魔だった。
鉱山の岩肌からぱらぱらと小石が落ちてくる。
その音で隊士の緊張が乱れ、一瞬の隙を生んだ。
「左だ!」
叫ぶより早く、左手にいた隊士達の首から血飛沫が飛ぶ。
山林から出てきた野良犬───黒衣の男は走りながら刀の切っ先で軽く斬りつけているだけに見えるが、わずかのズレもなく正確に頚動脈を裂いている。死神のようだった。
あっという間に接近し、その刃が大和の首を掻っ切る。
「っ……はん、ちょ」
男がぴたりと足を止めた。
大和の背後から首に回した安西の左腕が、男の切っ先を受けて肘まで斬られていた。同時に繰り出した右手の刀は男の左手に掴まれている。
「どうだ、ザコ一匹を仕留め損ねた気分は?」
大和を挟んで宿敵と向かい合った。男はひとつ瞬きし、安西の刀を離す。布で覆っている口は相変わらず喋らない。だが一対の鋭い双眸は嗤っているようにも見えた。
「はんちょぉ……」
「情けねえ声出すな」
大和の襟首を掴んで後ろに投げ捨て、安西は刀を構える。
「お目当ての御頭が来るまで相手してやる。楽しもうぜ、クソ野郎」
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