十五.


 呑み比べで決着がつかず、冴希と弥勒の大乱闘をもってお開きになった後。

「椋鳥、お前はとりあえず龍華隊の一班班長に就いてもらう。あくまでもただの穴埋めだ。次の仕事で一隊を率いてみた上で、能力によっては降格する」

 浄次がそう告げて広間を出て行こうとすると、冴希は目を瞬いてから御頭に足をひっかけた。前へつんのめった衝動で襖に片手を突っ込み、大乱闘で破れたそれにもう一つ穴が開く。

「何をするんだ貴様っ!」
「りゅうかたい、って何や?」

 宴の序盤で浄次が説明していた間、冴希は食事に専念していたので聞いていなかったのだ。浄次は震える拳を握りしめ、襖から手を引き抜いて腕を振る。

「最初に各隊の説明をしただろう」
「ご馳走食ってて聞いてへんかった」
「貴様は……」

 満腹、と書いてありそうな冴希の顔を睨みつけたが、広間を見渡すとまだ隊士が何人か残っていたので説明してやることにした。


「一度しか言わんから頭に入れろ。隠密衆には御頭の下に三人衆という役職がある。お前が第三試合で対戦した貴嶺沙霧が率いる龍華(りゅうか)隊、あそこで花瓶を拾っている寒河江隆が率いる氷鷺(ひさぎ)隊、お前の幼馴染の弥勒が率いる虎卍(とらばん)隊を総じて三人衆だ」

 はじめはふんふん頷いていた冴希だったが、最後の一言で大音量の叫び声をあげた。
 振動で浄次の後ろの襖が倒れ、半ば外れかかっていた掛け軸がばさりと落ちる。

「弥勒がそんなどえらい役目についとるんか!? ジョージ頭おかしいんとちゃうん!?」
「……それについては何も言わん」
「沙霧姉とあのぼやーっとした兄さんなら試合見てたから分かるけど、あの弥勒やでー? そないゆーたらうちだって隊長格に就けるやん」
「お前はその下の役職だ。各隊には一班と二班がある。龍華隊の二班長が外山深慈郎、一班長は先日の遠征で死んだのでお前が一時の穴埋め。氷鷺隊の一班長に下谷圭祐、二班長が能醍保智。虎卍隊の一班長に高井宏幸、二班長が麻績柴甲斐という割り振りになっている。各班長以下には百名近くの隊士がいるわけだ。それを各隊でまとめなければならない役目にお前をつけるというのも大いに不満が残るが、ひとまずやってみろ」

 各々を示しながら説明し終えると、浄次は廊下を行く伽羅を見て思い出したように補足する。

「ついでに、伽羅と呼ばれていた女と黒づくめの樹という男は隊士ではない。あいつらの事は本人に聞け。以上、何か質問はあるか」

 冴希は浄次の補足も尻目に、違う方を見ていた。

「なあなあジョージ、あそこで沙霧姉に話しかけてる美形の兄さん誰?」
「虎卍隊二班長の麻績柴だ。名前と顔は早めに覚えることだな」
「いやや、なんかうち一目惚れしてもた……。麻績柴さん、大人の余裕があってかっこええな」
「そんな事はいいからお前も片付けろ。元はといえばお前と弥勒が破壊したんだろう」

 冴希は浄次を無視して小走りに甲斐に近づく。

「麻績柴さん! おトシなんぼ?」

 いきなり聞いてきた冴希に驚きもせず、甲斐はサービス精神の極致を誇った微笑で答えた。

「いくつに見える? 冴希ちゃん」
「うちの名前覚えててくれたん? 嬉しいわ〜。トシはな、二十三!」
「足す二ってとこカナ。古株だからネェ」
「えーまだ若いやん! そういえばみんな年齢なんぼやろ。沙霧姉は二十?」
「二十三。どう間違ってもお前と二歳違いは苦しいな」
「沙霧姉も予想より上なん!? じゃあみんな見た目より上が多いんかな」

 そう言って冴希はインタビュアーのごとく、片付けをしている人間に歳を聞いて回った。

「お圭ちゃん。さっきは手拭おおきに。ところでトシなんぼ? 二十ニちょい?」
「どういたしまして。二十三です」
「胸はうちよりないけど、けっこうお姉さんやったんなぁ」

 言いながらペタペタと服の上から圭祐の胸を触る。まっ平らすぎて、不審そうに首をかしげていた。

「いや、僕、男ですから」
「その顔で!? おなごにしては声低いわ思てたけど、なんやそれなら言うてくれへんと」

 手拭を渡した時に言ったのだが、またしても冴希は聞いていなかったらしい。隣で穴だらけの襖を運んでる保智の顔をひょいと覗き込み、納得したような顔で指を三本立てる。

「オヤジは三十やろ。ぜったいそうや」
「……二十六だよ」
「更け顔やなー。そんなには見えへんわ。ま、二十六も三十も変わらんよってな」
「なんか俺に恨みでもあるのか!?」
「保くん、女の子に怒鳴ったら駄目だってば」
「だけどな、こいつが」
「こいつとはなんやオヤジ! もっぺんしばいたろか!」

 間に割って入って止めようとしている圭祐を挟んで、保智と冴希は今朝のようにつっかかった。

「しばいたろかって何ですか」

 ふと、そばで掛け軸を巻いていた祇城が尋ねる。聞き慣れない言葉に興味深々らしい。

「あんた、どちらさん?」
「龍華隊一班隊士の久遠祇城です。ここに入隊して一年目で、故郷は中国らしいです」
「チャイニーズなんか。しばく言うたら殴ったるぞっちゅう意味やねん」
「殴ったるぞ……。しばいたろかは殴ったるぞ、ですか」
「なんや掴みどころのなさそうな男やなぁ。トシなんぼやの?」
「二十です」

 冴希は保智の襟をあっさりと離して祇城に向き直り、肩をばしばしと叩いた。

「おっ、珍しくうちの勘が当たったで。二十歳や思てん、これからよろしゅうな」

 祇城は叩かれるままに頷き、心の中では、しばいたろかは殴ったるぞ、と呪文のように反芻していた。


 冴希はぐるりと室内を見回して、庭に面した障子の残骸をお約束のように蹴破りながら片付けていた宏幸に目をつける。一目で弥勒と同類だと決め付け、自分も障子破りをやりたい気持ちを堪えて声をかけた。

「あんた高井いうたっけ、弥勒の連れやろ」

 宏幸は最後の一枚に穴を開けてから、仏頂面で振り返る。

「連れじゃねぇよ、気色わりーな。あんな馬鹿と同類にすんな」
「何でもええわ、うち年齢調査中やねん。あんたトシなんぼ?」

 さも興味なさげに冴希を見下ろし、宏幸は追い遣るように手を振りながらなげやりに答えた。

「あーはいはい、百歳。じゃーな」

 冴希は呼び止めようとしたが、黄色い猿は百歳、と頭に入れて部屋の奥へ向かった。



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