十三. 浄次が各隊の紹介と配属先を発表している間、冴希は目の前に並べられた食事にがっついていた。一息ついたところで場が賑やかになってくると、それぞれ席を移動したりして雑談や飲み比べが始まる。 冴希はさっそく沙霧の隣に割り込み、どっかりと胡坐を掻いた。 「姉さん、さっきの試合は卑怯やで」 黙々と箸を動かしている沙霧に文句をつけたが、沙霧は咀嚼しているものを飲み込むと、ふっと笑って箸を置いた。 「刀に毒が塗ってあったというあれのことか」 「それ以外に何があんねん」 鼻息を荒くして答える冴希の傍らで、膳をつついていた深慈郎が首を曲げる。 「沙霧様、毒なんて塗ってたんですか?」 「塗ってるわけないだろう。刀が錆びる」 深慈郎は宏幸に一撃を食らって一足先に衛明館に来ていたので、二人の試合の結末は見ていなかった。沙霧が勝ったとは聞いていたものの、まさか時雨の『力』を使ったとは思いもしない。 「ウソや! あれはぜったい毒や。寝てる間に解毒剤で治しよったんやろ」 「疑うなら見てみるといい」 そう言って沙霧は自分の刀を冴希に差し出した。冴希はひったくるように受け取ると、鞘から半分だけ刀を抜いてみる。國守と激戦を繰り返した時雨は当然のように刃こぼれしていたが、白刃の輝きは衰えることなく冴希の顔を映していた。 「毒が塗ってあれば一目で分かるだろう」 「着替えてきたついでに拭いたんちゃうの」 「そこまで手の込んだ事はしないさ。面倒が嫌いなのでね」 「じゃあうちの力が抜けてったのはどういうこっちゃねん」 深慈郎はぎくっとして沙霧の顔を伺うと、思いもよらず沙霧の顔から苦笑がこぼれた。 「……沙霧様、時雨のあれを使ったんですか……」 「ほんの少しだけな。あれを使わないと一向に試合が終わらないと思ったから」 沙霧らしくないような言い訳を聞いて、深慈郎はなぜか赤面して俯く。深慈郎と沙霧の間で、冴希はきょろきょろと交互に二人を眺めてせっついた。 「あれってなんや? 時雨ってこの刀やろ。これ使うと何があるん?」 沙霧は湯呑に口を付けてから時雨の柄を握った。 「妖刀、という言葉を聞いたことがあるだろう。時雨もそのひとつだ。妖しの持つ力は様々だが、これは斬った者の生気を吸い取る力がある」 沙霧の手の中で、時雨の白刃が澄んだ光を発する。 「妖しはそれだけでは力を発揮しないもので、使う人間との相性みたいなものが必ず求められる。刀の出所は言えんが、たまたま私と時雨の相性が合った。つまり、私が相手の生気を吸い取ろうと望むことで、時雨は斬った人間から生気を吸い取るという力を発揮するわけだ」 冴希はぽかんと口を開け放したまま、放心したような顔で沙霧を見つめていた。深慈郎は時雨の力を知っているので、沙霧が一句区切るたびに頷いて聞き入っている。 「完全に一人の生気を吸い取ることもできれば、わずかな生気だけを吸い取ることもできる。それは私が調整する役目で、強く望まなければお前さんにやったように脅し程度で済む。仮に時雨との相性が完全に合っていないと、いくら私が望んでも力を発揮してくれなかったりな。それが妖刀というものなんだ」 ぱちん、と鞘に収めてしまうと、時雨はただの白木柄の刀になった。その音で冴希は我に返り、説明されたことを自分に納得させようと顔をしかめる。深慈郎の隣に座っていた祇城は、じっと時雨を見つめて冴希と同じことをしていた。 「……隊長。吸い取った生気はどうなるんですか」 唐突に喋る祇城に毎度驚きながら、深慈郎は前屈みになって味噌汁を啜る。 「あっ、それうちも今聞こうとしたのに!」 冴希が指を差して非難すると、祇城は新人類を見るかのような顔で首をかしげた。沙霧は時雨を脇に置いて箸を持ち直し、茶碗を取る。 「人間の生気は刀の錆になる。言い換えれば刀の力になるわけだな」 「……で? そーすると刀が折れなくなるんか?」 「いや。生気を吸い取る力が増すんじゃないのかな」 「かな、って姉さんなぁ……。せやけど、そんなゲテモノ使うて怒られへんの?」 「少なくとも私が知るかぎりでは得物に規律はない。実力がものを言う仕事だからね」 そんなものかと冴希は思ったが、沙霧が侍女に煮付けの魚を頼んでいるのを見て、食い倒れ勝負なら勝てるかもしれないとひそかに目論んでいた。 小一時間ほど経ったところで、冴希は用足してくる、と臆面もなく言って席を立ち、衛明館をうろつく破目になった。沙霧に場所は聞いたものの、暗くてよく分からないうちに迷ったのだ。ついでに二階にまで上がってあちこち見物し、妙な札の貼ってある部屋の前で立ち止まった。 「なんやこの赤い札。うちの神社でも見たことあれへんなぁ」 ぺろりと剥がして裏返した時、突然障子がスパーンと音を立てて開く。 「破れん障子がこの世にあってたまるかっちゅーんじゃーッ!!」 部屋から猛烈な勢いで怒声が飛んできた。そして何か臭う。 しかし、冴希は札を持ったまま開け放たれた障子の前で硬直していた。 「……アンタ……弥勒やないの!?」 「おう、わいは弥勒や! ……て、おまえ冴希やないか!」 「なんでここにおるんや、赤猿!」 「そらこっちの台詞やがな、ジャリンコ女!」 「っちゅーか、何かこの部屋ウンコくさっ!」 「それを言うなちゅーんじゃアホ!」 二人は噛み付かんばかりの勢いで会話の応酬を繰り返した。 |
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