雨 藍
あまり飲めない口なんだと再三遠慮したのだが、長崎の人間は基本的に酒に強い。おまけに酒の味も濃い。江戸の酒が水のように思えるほどで、五杯も飲めば限界だった。 春樹の嫁が「みんな道端で寝ちゃいそうだから泊まってって」と客間を用意してくれ、誠二と牧はその気でさらに酒量を増やした。 しかし自分はやっぱり帰ると腰を上げ、名残惜しそうに引き止める友人達と別れる。 少し足がもつれたが意識ははっきりしていた。何とか帰れそうだ。 家に着くと玄関の戸に錠が掛かっていて呆気なく閉め出しを食らった。 仕方なく裏に回り、小さな戸をくぐって勝手口へ入る。 客用の布団が使えないと言っていたから甲斐は自分の部屋で寝ているだろう。起こさないよう忍び足で障子を開けると、布団は敷いてあっても中身は空っぽだった。 半分跳ね上げられた掛け布団を見るにここで寝ていたのは確かなようだ。 布団の中に手を突っ込んでみると温かさはなかった。 (辰馬のところか……?) 辰馬が姉に惚れていると知って、甲斐は何かとちょっかいを出していた。といっても傍目にはずいぶん可愛がっているように見え、子供嫌いにしては手馴れたものだった。 そろりと弟の部屋を覗きに行くと、腹を出して一人で寝ている。 まさか両親と一緒ではないだろう。 客間にもおらず、さてどこへ行ったのやら。 「あ……」 肝心な所を見落としていた。 自室に戻って部屋を見渡すと、やはり“無い”。 刀と、甲斐の荷物に入っていた徳利が。 ───酒なんか持ってきてどうするんだ? ───兄さんに土産。江戸の酒は飲んだことないだろうから。 何もこんな夜中に行かなくても、と脱力した。明日一緒に行こうと夕食時に言っておいたのに、どうしてこうも突飛な行動をするのか。 昔からそうだ。 隣でおとなしくしているかと思えば急にどこかへ行ってしまう。 そして、そういう時は決まって何か不満がある時だ。 畳に溜息がこぼれ落ちる。 とにかく行き先が分かっただけでも安心した。 迎えに行こうか迷ったが、墓前では人に見せられないものもあるだろう。 ああ見えてわりと繊細で神経質なのだ。 空っぽの布団に自分の枕を追加し、半分あけて横向きに寝そべる。 数年前に特注で大きめの敷布団に替えたが、男二人が仰向けで寝るにはさすがに狭い。 酒が入っているせいか余計に蒸し暑くてしばらく寝付けなかった。 それもほんのひと時で、すぐに深い眠りへと落ちていく。 「…………」 はたと目を開けた。 どれくらい眠っていたのか分からないが、外はまだ暗い。おまけに雨が降っている。海原に浮かぶ漁船の位置がだいぶ動いているところを見ると一刻半は経っているようだった。 布団の半分は変わらず空っぽのまま。 いくらなんでも長すぎるのではないか。 寝間着の帯に刀を差してまた裏口から家を出る。 甲斐の実家の前で一旦足を止めたが、そのまま雑木林の先の寺へ向かった。 |
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