2009年だけど隠密衆は永遠に1706年なのだよ
あけおめスペシャル今年もよろしく!





■■衛明館の人々+αの正月■■


「海苔といえば沙霧の好物は海苔煎餅だ」
「ダーツの旅で砂漠に行っても何もないんスけど!」
「ドライに生きてりゃ楽だから」
「ラララ私は愛の妖精ーッ!」

 樹と宏幸の身長差は八寸。高さを武器に持ち前の器用さを生かした樹は、羽子板の側面で羽根を打っていた。宏幸が腰を落として構えているので遠慮なく上から叩き落す。宏幸は宏幸で自慢の反射神経をフル稼働し、左右に振ってくる樹の打球を地面すれすれにキャッチしては打ち上げていた。

「いい加減にネタ切れだろ」
「呂律が回りません!けど負けらんねぇし!」
「正午か」

 側面で軽く打った羽根が境界すれすれにポトリと落ちる。ドロップボレーを拾い損ねて前に倒れた宏幸は、尚も「完敗です…」と言葉を繋げて朽ち果てた。
 勝つには勝ったが、だから何だというのだ───樹は羽子板を肩に担いで隣を見る。
 圭祐と沙霧の二大勢力は開始直後から苛烈な戦いぶりで野次馬を賑わせていた。

 ……のだが。

「あ、ミカン」
「えっ……あの、貴嶺様!?」

 圭祐のスマッシュに反撃の構えを取った沙霧が、突然そんな台詞で顔を逸らした。もはや鉄の弾丸と化した羽根が沙霧の足元を抉って地に転がる。

「おやおや、意外な形で勝敗が決まりましたね」

 皓司が笛を鳴らすと同時に龍華隊の隊士は一斉につんのめった。

「姐御ォーッ!ミカンて何ですかミカンて!!」
「ミカンの匂いがした。私の負けだ」

 言うなり衛明館の庭へ歩いていく。その向こうで、数人の侍女が籠いっぱいのみかんを広間に運んでいた。沙霧に気づいてキャーキャーと色めき立った彼女達は昔から男の隊士より沙霧に黄色い声を上げている。
 ぽつんと取り残された圭祐は、沙霧に勝ったもののみかんに負けたような気分だった。

「貴嶺さんらしいなあ。さてと、次の組み合わせは」

 濡れ縁に座ってみかんを食べ始めた沙霧を眺めつつ、隆は勝ち残りを見渡す。

「水無瀬さんと皓司の対戦だね。そっちは圭祐と巴で」
「沙霧が負けたんなら俺もやめる。大体……」
「樹、あと一戦くらいやれ。じゃないとミカンが」
「ミカンなんか家に山ほどあるだろ」
「味が違う。うちのは伊予産でこっちは紀州産だ」

 真剣に吟味する沙霧はすでに三つ目をほうばっていた。「だそうですよ」と羽根を手に押し込んできた皓司の顔を見て本気を悟った樹は、重い溜息を地面に落としてコートに戻る。いつ帰れるかはもう聞くだけ無駄だろう。



 程なくして、巴の一球が圭祐の羽子板を割った。
 連戦と度を越えた使い方のせいで脆くなっていたのだろうと圭祐は笑ったが、隊士達は口を開け放したまま茫然となる。寝ているのか起きているのか定かでない巴の表情と口調はそのままに、細腕から放たれる打撃は宏幸や圭祐の比ではなかった。むしろ見た目がそんな調子だからこそやり辛い。

「えーと、羽子板が割れるのは無効だよね。圭祐のミスじゃないし」

 緩慢な動きで首をめぐらせた巴に、審判をやらされた甲斐は否を唱える。

「刀が折れたら負けですヨ。それと同じ事」
「ああ、なるほど」

 実際の戦闘なら刀が折れても体術その他で応戦することはできるが、これは羽子板という武器ひとつに限られた戦いだ。圭祐はやっと終わったとばかりに保智の横へ座り、竹筒の水を一気に飲み干した。

「保くん、斗上さんの方はどんな感じ?」
「いや、なんかすごい……」

 カカカカン、という音からして羽根突きの領域を超えている。どんな打ち方をすれば連打音が聞こえるのか、保智の目には双方の羽子板さばきは見えなかった。

「結構な御手並みですね」
「年季が入ってんだよ」
「四百年くらいでしょうか」

 魔球とも呼べる皓司の打球を顔色一つ変えずに側面で打ち返した樹は、縁側からじっと注がれる視線に気づいてそういう事かと納得する。ようするに沙霧は、滅多に運動などしない自分の姿を面白がっているのだろう。珍しいものがあるとじっと注視する癖がある。
 まったく、上手い事してやられた。

「やめやめ。もういいだろ、元から部外者だし」

 皓司の球を手で受け止め、審判の隆に放り投げる。

「せめて決着がつくまでやって欲しかったんですけどねえ」
「沙霧を見ろ。このままやってたら食い尽くしちまうぜ」

 侍女が用意したゴミ箱から溢れんばかりにみかんの皮が捨てられていた。まだ沢山あるから遠慮せず、などと言われて本当に無遠慮に食べている。
 圭祐と樹が敗れ、残るは巴と隆と皓司。各隊の総大将対決だった。

「圭祐の後は殿下ですから巴と対戦して頂きましょう。私は審判で」
「よし、やろうか巴」

 隊長同士の羽子板対決など誰も見た事がない。コートがひとつになったのを幸いに、隊士達はその周りを囲んで固唾を呑んだ。

「俺が先攻でいいかな?」
「どうぞ」
「じゃあ、陰摩羅鬼」

 カン。

「狐火」

 コン。

「屏風のぞき」

 カツン。

「狂骨」

 スコン。

「そのマッタリ感は何ですかー!」
「しかもなんで妖怪!やたら詳しいし!」

 どんな激戦になるかと思いきや普通に羽根突きを始めた二人に、方々から野次が飛ぶ。息子が妖怪にハマってるからつい、と柔和な笑顔を浮かべた隆が「恙虫」のかけ声と共に回転技を仕掛けた。野次の嵐が驚嘆に変わる。
 隆の余裕ぶりを見た氷鷺隊は、早くも勝利に王手をかけたと確信した。







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