2009年だけど隠密衆は永遠に1706年なのだよ あけおめスペシャル今年もよろしく!
■■衛明館の人々+αの正月■■
昼も近づくと戦いは軒並み集中力に欠け、体は動けど口が回らなくなってくる。打ち返しても無言では負けだ。龍華隊の面々は班長二人に後を託して氷鷺隊エリート組の前に屈した。
といっても氷鷺隊E組はすでに圭祐一人。
「活殺自在!」
「い!?い、い、犬神家の一族っ!」
「苦しくなってきたんじゃない?」
「いけ好かんわお圭ちゃん!の鬼!」
深慈郎とツートップで応戦していた冴希のジャンプ球が、城壁の外に飛んでいく。
「あーしもた。タヌキ、龍華隊の名にかけてキバるんやで」
「えー!椋鳥さんがいなくてどうやって勝てというんですか!」
龍華隊のエリート隊士を次々と蹴落とし、怪力自慢の冴希のウルトラなんちゃらアタックを倍返しの魔球で打ち返してくる圭祐は、本人の自覚なしに戦闘時限定の黒い人格が滲み出ていた。野次馬の虎卍隊が「いまの微笑みは若干黒かった」だの「お圭様もっと罵って!」だのと騒ぐ横で、龍華隊の最後の砦である巴はひとつ欠伸をする。
「巴御前!隊長!もうあなたしかいないんですよ、頼みます!」
「うん、そうだな」
何が起ころうと日々ぼーっとしている隊長だが、三人衆に相応しい実力の持ち主であることは揺るぎない事実。他所の隊だろうと班長格に負けてはならないのだ。目の前で『お圭様』の変化球に敗れた深慈郎を労わりながら、龍華隊の隊士は全ての魂を巴に託した。
「さ、出番ですよ!」
「外に羽根を飛ばしたのは冴希か?」
前触れもなく割り込んできた懐かしい声に、隊士たちがぴたりと止まる。
「姐御!?どうしてここに……」
「歩いていたら羽根が樹の額に命中した。相当強い力で打ったんだろう」
「やあ、いらっしゃい。貴嶺さんに怪我がなくて何よりでしたね」
突然の来客にも驚かず、隆はにこにこと人のいい笑みを浮かべた。沙霧が軽く会釈すると、その後ろで腐った表情の樹が溜息を吐く。
「元旦早々、隠密衆ってのはほんっとヒマだよな」
「水無瀬さん、そこにおられると危ないですよ」
「だーれかと思えば姐御じゃん食らえ双瀏旋!ってのは隆さんの奥義だ死ねヤス!」
皓司が忠告するそばから宏幸の放った高速回転球が樹の肩に当たってヤスの頭に落ちた。陣の中に堂々と足を踏み入れていた樹は、今日はよく当たる日だとぼやく。
「よかったら一戦やっていきませんか、貴嶺さん?」
沙霧から羽根を受け取った隆は、小躍りして勝利の喜びに浸っている宏幸を示した。
一回戦で仲間が減り、二回戦で残りの仲間が同士討ちとなり、三回戦でスカして脱落した甲斐の裏切りにもめげず氷鷺隊の二十人斬りを見事制覇。さらにぼんやり組の大トリ・保智を不意打ちで倒した宏幸はもはや無敵だ。
しかし虎卍隊に勝たせるわけにはいかない───というより皓司に負けたくないのが隆の本音だった。沙霧なら宏幸など簡単に負かしてくれるだろう。
「それは卑怯ですよ殿下。氷鷺隊と貴嶺さんにどういった繋がりがあるのですか」
「皓司、戦いは予測不可能なものだよ。思わぬ助っ人が入ることだってあるさ」
「劣勢に立たされた者の悲しい言い訳ですね」
笑顔で罵り合う上司たちの会話を聞くたび、隊士は思った。
実はとても仲悪いのではないか、と。
「それじゃ、こうしませんか」
片隅の椅子に腰掛けたまま手を挙げた巴が提案する。
「こっちの陣は圭祐の圧勝で龍華隊が瀕死です。そっちは宏幸の圧勝で氷鷺隊が瀕死ですから、助っ人は龍華隊と氷鷺隊にそれぞれ入ってもらえれば」
「って、おい巴。その計算だと俺まで巻き添えじゃねえかよ」
「え、水無瀬さんも参戦してくれるんじゃないんですか?」
「誰がこんなヒマ人のお遊戯に……」
「面白いな。やろう樹」
二人で散歩のはずがこんな寄り道をすることになろうとは思わず、樹はぼけっと手を引かれて浮かれていた自分を呪った。
しかし考えようによっては沙霧はストレス発散が目的なのかもしれない。遊郭から隠密衆へと常に殺伐とした環境で生きてきただけに、御三家の姫様の教育係というのはなかなか思い通りに行かないのだろう。愚痴を零されたことはないが、週に一度は丸一日家に篭って爆睡していたりする。
まあ散歩でも助っ人でも、沙霧の気分転換になるならいいかと思い直した。
「沙霧様、沙霧様!昔のよしみでうちの助勢をお願いします!」
「よう言ったわタヌキ!沙霧姉、ブラックお圭ちゃんを倒してや!」
ブラックお圭、と復唱して圭祐を見た沙霧は「言われてみれば何となく黒いな」と呟き、深慈郎の羽子板を借りた。当の圭祐は何のことか分かっておらず首を傾げる。『お圭様』の人格に自覚がないのだ。
「貴嶺様が相手か……困ったなぁ」
「圭祐、頼りにしてるよ」
隆が無責任な事を言ってきたが、もし自分が負ければ次は沙霧vs隆になるわけで。
わざと負けようとは思わないまでも、それはそれで見ものに違いない。
「では宏幸の対戦相手は水無瀬さんですね」
もう一方のコートでそわそわしている宏幸の首根っこを掴み、皓司は隊士の羽子板を差し出した。やる気なく受け取った樹が倦怠な足取りで氷鷺隊ぼんやり組の陣に入る。
「宏幸。水無瀬さんを倒したらもうひとつご褒美を上げます」
「ラジャっす!」
エサで釣るとはあくどい、しかし効果絶大のようだ、とざわめく隊士の後ろで目を光らせた沙霧が樹を呼んだ。
「樹、負けたら一年間お前とは口利かないぞ」
「な……」
何故と問う隙も与えず微笑って手を振る沙霧の背を見送り、樹は肩を落とす。
各隊すべての駒が尽き、一騎打ちとなった最終決戦。ここに来て贔屓が出るとあれだからと双璧は持ち場を交代し、虎卍隊代表・宏幸×氷鷺隊助っ人・樹のコートを隆が、氷鷺隊E組代表・圭祐×龍華隊元隊長・沙霧のコートを皓司が担当した。
かくして勝敗の行方は如何に、隊士達の生唾を飲み込む音がこだまする。
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