猛獣たちの夏
- Episode 2 -
「朱雀ー、遊んで遊んで」 「うるさい。ガキと遊んでるヒマはねーの」 虎の姿で縁側から顔を突き出してきた白虎の鼻っ面を蹴飛ばし、朱雀はちまちまと作っている装飾品の出来栄えを確かめた。もう少しシンプルな方がいいかと思い直して金具を替えたり外したり。白虎はぷうと不貞腐れて庭に転がった。 最近、沙霧は城へ装飾品を着けていく。彼女の意思ではなく子守の姫様の希望だ。 朱雀が趣味とヒマ潰しを兼ねてあれこれ作っても、普段の沙霧は邪魔だと言ってあまり身に着けてくれない。そもそも休日は寝るか食うか、それだけなのだ。沙霧に似合う装飾品を作るのが楽しみな朱雀にとって、姫様の所望は願ってもない事だった。 「ん、こんな感じでいいか」 完成したピアスを目線の高さに持ち上げ、角度を変えて眺めてみる。余りものだと玲にもらったパーツがいいアクセントになった。 もう一つ作ろうと意気込んだ時、家の外から殺気のようなものを感じて手を止める。 部屋を出て玄関先へ向かうと、ちょうど戸を開けたエルと鉢合った。 「あれ。何お前、サボリ?」 「…………」 昼下がりに帰ってくるとは珍しい。城で何かあったのか、エルは無言で框へ上がった。 ───と思ったらそのままぶっ倒れた。 「ちょっ……おい、エル!?」 ぴくりとも動かない身体を起こして反転させる。顔が真っ赤になっていた。 「熱……?」 「風邪だろう」 開けっ放しの戸口に買い物帰りの玄武が現れる。のそりと潜って家に入った玄武は、両手の荷物を朱雀に預けてエルを担ぎ上げた。 「卵が入っている、気をつけろ。魚はあとでさばくから水に浸けておけ」 「え、ああ……」 何が何だか分からないが急いで食材をしかるべき所へ置き、桶と手拭いを持っていく。 たった今の出来事なのにエルはもう寝間着に替えられて布団に寝かされていた。立ち尽くしていると玄武に桶一式を取り上げられ、濡らした手拭いをエルの額に置いて一段落。 すぐさま「夕飯の支度をする」と言って、玄武は何事もなく台所へ去った。 やる事がいちいち完璧で少し腹が立つ。 布団の横に座って待つこと小一時間、エルが重たそうに瞼を開いた。 「気付いたか、アホ」 額から手拭いを取ると湯につけてあったように熱い。それを桶に浸して絞り、顔を拭いてやってまた桶に浸した。されるがままのエルはゆっくりと瞬きを繰り返して溜息をつく。 「……悪い。ちょっと寝不足で」 「風・邪・だ。何が寝不足だよアホ、ボケ、カス」 「風邪……?」 不思議そうな顔で鸚鵡返しに問うこいつは本当に医者なのか。風邪の初期症状も分からないで寝不足だの何だの。きっと状態を察した親父のジェイが帰れと追い返したんだろう。城に菌をばら撒かれては切腹どころじゃ済まない。 「ったく、びっくりさせんなよ。真昼間に帰ってきたと思ったらバターンて」 「明日休みもらったし、今からセッ……」 「おとなしく寝てろカスチン野郎」 絞った手拭いを額に叩きつけてやると、エルは何がおかしいのか急に笑い出した。 「まさか俺が……風邪ひくとは思わなかった」 弱々しい声がエルらしくない。いつものエルといえば我が儘で俺様で猛獣。たった三要素がないだけで人間はずいぶん変わるものだ。 どっちが可愛げあるかといえば、そりゃもちろん─── 「凌とヤったのがまずかったか」 「……って、病人とヤったのかよ」 「いや裏技だ」 「意味分かんねーよ!」 なんなんだこの馬鹿は。風邪っぴきで暴れ回っていた凌も馬鹿だが、風邪っぴきとヤって風邪を引いたエルも馬鹿だ。馬鹿は死んでも治らないとはまさにこいつらの為の名言だ。 凌の見舞いに行ったことはエルに言ってない。あの暴れっぷりを見れば夜にぶり返したはずだが、それを伝えたらこいつは絶対また凌のところへ行くだろうと思ったからだ。ただでさえ寝不足で疲労が溜まっているのに、人の世話ばっかりしていては本当にぶっ倒れる。 そう思って黙っていたのに。 まさか初日に下半身から風邪菌をもらって来ようとは、誰が想像するだろうか。 (つーか凌の風邪菌ってタチ悪そうだな……移ったら威力二倍?) そんな不安が過ぎったことも、黙っていよう。 自業自得だ。心ゆくまで苦しんで反省して、今のうちにしっかり休めばいい。 いつものエルに戻ったら一発殴ってやる。ついでに凌も。 自分がどれだけ驚いて心配したか、まあガキどもには分からないだろうけど。 馬鹿は元気なのが一番だ。 |
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