受 難
四、
「ちょ、ちょっと甲斐くん……」
「何? ああ、もしかして感じた?」
女の扱いに熟知している甲斐は、相手の感度まで手に取るように分かる。力任せに抱えていない分、圭祐の性格では余計に抵抗しづらいことも計算の上だった。
「けっこう感じやすいんだネェ。ケースケ」
事も無げに浴衣の袷へするりと手を入れ、圭祐の脇腹をひと撫でして囁いた。
圭祐が困惑の表情を浮かべて見つめてくると、保智は居ても立ってもいられずに相方の腕を掴んで強引に引き寄せる。
「放せよ甲斐」
「ケースケが痛がってるよ」
「え……」
甲斐が放さないのが悪いと言う前に、痛がっているの一言であっさり手を離した。
「と、思っただけだヨ。いつまで経っても素直で不器用だネェ」
「……お前なあっ」
甲斐は笑いながら圭祐の唇を指でなぞり、二人が唖然とするような事を言ってのける。
「肌の綺麗な美人は好みでネ」
耳元で囁くと、腕の中で圭祐が硬直した。しっかり聞こえていた保智も音を立てて固まる。
依然、西廊下には人の通る気配がない。頻繁に用のある所へ繋がっていないのだ。
甲斐は二人の反応の分かりやすさに、内心で笑い出したい衝動に駆られていた。
「あの、甲斐くん……そろそろ」
圭祐は甲斐の腕の中で軽く身悶えし、思い切って振り解くべきだろうかと考える。目の前で救いを求めているような相方の姿に手を余しながら、保智は目が眩むような思いだった。
「そろそろ限界?」
「お前はっ!!」
侮辱を通り越してもはや蛮行じゃないのか。甲斐の襟に掴みかかると同時にぽんと圭祐が保智の腹に突き出され、気を取られた隙にするりと逃げられる。
「妬けるくらい仲のよろしいことで。万年新婚サン」
甲斐はようやく悪戯めいた顔で笑い出し、保智の肩を叩いてとどめの一言を置いていった。
「ケースケの恥らってる姿、新妻みたいでよかったデショ」
「………………」
憤りの収まらない顔で廊下の先を睨みつけ、保智は窓を開けて溜め息をつく。
乱れた髪をひとつにまとめた圭祐が上目がちに見上げてくる。
「保くん、ごめんね。僕のせいで甲斐くんと喧嘩したみたいだし」
保智は窓についていた手を踏み外してそこにぶら下がった。
「……喧嘩なんかしてない。あれはいつもの冗談だ」
自分で言ったあとに、甲斐の蛮行はからかう為の冗談だったのだと気づいた。
あの性格を考えれば簡単に見破れるような悪戯だが、保智はこれまで冗談の最中にそれに気づいたことは一度たりともない。今日のように、甲斐がその場にいなくなってから初めて陥れられたのだと自覚する。
何の因果があって毎度からかわれるのか、保智はむかっ腹が立って壁を拳で叩いた。
「くそっ、またハメられた!」
「何がハメられたの?」
圭祐は圭祐で、自分が甲斐にからかわれたという自覚のないまま相棒を気遣う。
「圭祐っ、甲斐に新妻だとか何だとか馬鹿みたいなこと言われて、少しは言い返せよ」
「だって甲斐くんは悪気があって言ったんじゃないと思うし」
「あれこそを悪気と言わずに世の中の何を悪気だって言うんだお前……」
この先も相棒の為に苦労するだろう自分に、保智は一向に自覚できないままである。
「って、あっ! 壁壊したら駄目だよっ」
自棄になって壁を叩き壊している保智を引き剥がそうとした時、圭祐の後ろでひたひたと音がした。甲斐が消えた方ではなく、廊下の角の向こうから音がする。
圭祐は先日聞いた音と同じだと気づき、足音が止まるまで保智の腕を押さえて待った。
何かを引きずる音が混ざっている。
ひたひた、しゅるっ、しゅるっ、ひた……
……………
「保くん、西廊下の怪が出たかも。後ろ」
「わーっ!!」
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